すごく、久方ぶりに距離を置いていたレンタルショップに足を運ぶ。
バイトが早く終わったからと牧田から食事にさそわれたのだ。
あの日から、大学を理由に彼とも距離を置いてみたが、空いた様な心はふさがらず一方で疑惑が溢れるばかりだった。悩んでいたところで答えは本人に聞くしかないとわかっていても、なかなか踏み込めない矛盾した気持ちに締め付けられる。
(聞こう……)
幸い、彼女は今日シフトに入っていなかった様だ。それでも姿を探してしまうあたり未練がましいと自分の事ながら溜息がでる。
「長谷川さ、なんか進展できたの?」
最近できたばかりらしい民営の料理屋に入り、揚げたての海老フライをつつきながら、牧田が切り出してきた。
「ん?」
「ほら、綾瀬の事」
「ああ……いや」
思わず箸を置いて手元を見つめる。
「……彼女と、仲いいんだね、牧田」
「へ?」
「綾瀬さんと二人で遊んだりしてるんだろ?」
「……まあ、話しやすいし、な。アイツ、女性的じゃないっつうか、中性的というか。あ、中身な」
聞きたい一言にためらっていると、牧田は察したのか肘をついて深く溜息をついた。
「お前、まさか俺がアイツと付き合ってるとか思ってないよな?」
はっと、顔を上がると牧田は少し困った顔をして苦笑いを浮かべた。
「違うよ。お前さ、そんなに気になるなら、自分で声かけてみろよ」
「でも……牧田かっこいいし、性格いいし」
「褒めちぎるなよ……色々困るから」
「綾瀬さんも仲良くなったら、気になるんじゃない?」
「だあからあっ!確かに俺には珍しいくらい女なのに仲良くしてるけどさ。アイツとは友達でいたいし、俺には……」
そこで牧田が口を摘むいで、目の前にあるお茶を一気にのんだ。
「え、牧田……好きな子いるの?」
「……」
赤面する彼をみて少し驚く。
いつのまにやら恋人がいていつの間にやら別れてる彼は「本気で好きになったことなんてない」とよく溢していたのに、表情を変えるほど大切な相手が彼にも出来ていた様だ。
お互いの殻になった丼ぶりを確認して、無言のまま牧田はさっさと席を立って会計をすます。
くっついていくように後ろから彼の背中をつんつん指でさした。
「え、ねえ、すごくその反応新鮮なんだけど。どんな子だよ?」
「……眼鏡が似合ってすごい綺麗な黒髪で駄目な奴なのに優しくて良い奴だよ馬鹿本当馬鹿!」
「やだな、照れるなよ。そっか……ゴメン」
「謝るなら……っ!」
勢いのまま振り返って、俺の両肩を強い力で握りしめると、うつむいて少しの間無言でいた。
「謝るなら……メアドのひとつでも、聞いてこい……!」
怒られてしまった。
それでもいい。どこか牧田では勝てないと思っていたから。それどころか、友人の意外な一面を見れて少し嬉しくなった。思わず笑うと、牧田が真っ赤になりながら「何が面白いのか」と肩を揺さぶる。
「わぁっと危ない、牧田。ちょ、やめ……あれ?」
揺れた視界の先に見慣れた女性の姿が映る。
「牧田。ちょっと、まって」
「ん?」
どうみても彼女だ。
片手にぶら下げている大きなビニール袋をみるかぎり、買い物帰りだろうか。だが、重大なのはそこではない。
もう片方の腕を男掴まれて、必死に振り払おうと悶えていた。
思わず、思考の前に身体が道路の区分柵を乗り越えて飛び出す。
彼女を掴んでいた腕を後ろから強く引っ張ると、衝動で男は地面に転がり込んだ。
「長谷川!お前あぶねぇじゃないか!」
そう言いながら後からついてきた牧田が転がった男の顔をみて固まる。
「チッ……!」
男は舌打ちをすると、逃げるようにその場から去って行った。
その場にしゃがみこんだ彼女に手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「え、あ……あれ?有難うございます……」
何処か驚いた顔をして彼女はその手を受け取りながら立ち上がる。
そしてまっすぐ、牧田を見た。
「……マキ」
「綾瀬、本当ゴメン、まさか、アイツが……」
「マキ、聞いて。私は大丈夫だから」
言葉をふさぐようにマキに語りかける。
強く背筋を伸ばした彼女の手のひらが、隠れるように強く握られ震えていた。
「気にしないで」
そう言ってほほ笑んだ彼女の震える手に気がついたのか、牧田はすこし考えると彼女に問う。
「綾瀬、今から家にかえるんだよな?」
「うん」
「長谷川、お前綾瀬送ってやって。ちょっと俺用事すませてくる」
急な提案をされて驚いたが、真面目な視線のまま彼は言い捨ててすぐに反対の道を走って行ってしまった。
彼女の近い距離に少し緊張する。何よりも繋がれた手が酷く熱くなっていた。
「だ、大丈夫ならいきましょうか?」
「ごめんなさい……なんか、付き合わせてしまって。えっと」
そう言って彼女がどもる。
「手が」
「ああああゴメン!」
「いえ……むしろ、ありがとう。マキに何もいわないでくれて」
おそらく手の震えの事をいっているのだろう。
微笑んだ彼女の言葉に少し照れながらも笑い返した。
ゆっくりと、肩を並べて歩き始めると、ぽつりと彼女がつぶやいた。
「なんか、懐かしいな……」
「ん?」
「あ、ううん。ちょっとだけ、貴方に似た男の子を思い出して」
思わず立ち止まって彼女を凝視する。
「……図書室の?」
「え、なんでしってるの?」
舞い踊る様な気持ちに胸がしめつけられる。
「それ、俺だよ」
「え……」
「ごめん、俺は気がついてたんだけど。なんか声かけるの怖くて」
「どうして?」
壊れそうに鳴り続ける心臓を抑えて息を整える。
何処か優しそうに笑う彼女をまた見れただけでも、嬉しく思えた。
「俺、君の事が……――」
溜め込んでいた想いが言葉として溢れ落ちる。
いまはまだ、この距離だけでもかまわない。
いつか彼女の隣をあるくためにも、背中をおしてくれた友人のためにも、前を向いて歩きだす。
まだ見ぬ未来の為に。
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更新が遅れてしまい申し訳ありません。
最初牧田目線で番外を書こうと思っていたんですが、結局長谷川に出てきてもらう事にしました。なかなかどうして言葉数が多く、カッコが増えてしまった次第です。普通(?)の恋愛小説は私にとってはかなり難易度が高く、よみにくいところがあったかもしれません。それでもたくさんの方に読んでもらえて心からの感謝の気持ちでいっぱいです。有難うございます。
次回は長編のファンタジーの予定です。