こんばんは。

9回にわたり前者・後者論を
のだめで考察させていただいたわけですが、
きょうは、漫画の話ではなく
私の話を。


猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま
(新絵文字やばかわいい)


私が前者・後者論を知って
一番良かったと思うのは、
「できない」自分を
自分で責めなくて良くなった、
ということです。

いや、仕事してたら
「あー、できへん!笑」と
能力のなさに
ただただがっかりすることは
あるんですが、笑

「なんで出来ひんのやろ、
あそこで上手く出来ひんかったから
周りの人みたいにうまくやれへんのかな、
それともあのとき、、、
いや、それともあのとき、、、」と
自分の中で責め苦みたいに
ぐるぐるすることはなくなり

他の人が出来ることでも、
私にできないものは
ただ「できない」のだと
わかるようになった。

「できない」ということを、
距離をおいて見ることが
できるようになったという
感じでしょうか。


そうすると、
周りのできる人に
劣等感を感じることが
少なくなって、
この人はすごいなと
思うことが増えてきて、
安心して頼れるように
少し、なってきた。


立場上、
「私が一番オールマイティに
できる人じゃないと!」
と思っていたから
誰にも負けたらあかんと思って
必死こいてたけど、
ちょっとは素直に降伏して
お腹を見せることが
できるようになってきた、かな~。
 





前者後者論は
「できる・できない」ではないと
散々言われてはいるものの、

やっぱり後者は
できないことが多い。

これは割と多くの後者さんに
あてはまる事実であり、
目をそらさずに
「私はできないことが多いんだな」
と自分を見つめることで
自分を許せたり、
人への見方が変わったり、
多くのものを得られるんじゃないかと、
私は思うわけです。

(これは、
「できる・できない」が「善・悪」だと
ジャッジしてしまうことから
解放されるのが先かもしれないけど。

でもやっぱりできるって
人間の本能的な部分で嬉しいし、
ジャッジしてしまう滝汗



「できない」理由として、
いったん、
「後者だから、かも」ということを
挙げてみる。

そうすっと、
その「できない」ことに
いつまでも焦点を当てることなく
次の一手を打っていけるような
気がするというか。
前に進んでいけるのですねー。


って、
…あれ、私同じことを
延々書いているような気が。
まぁいっか。
伝われ~~~照れ星