✨恥で死ぬ✨

愛すべきジョジョのアニメ化決定のお知らせに小躍りしている私です。そこで今回は台詞シリーズ第2段。ジョジョにはぐっとくる名台詞があちらこちらに散りばめられていて、ある種哲学的な漫画だと思っている。

『人は恥の為に死ぬ』とは、ジョジョの奇妙な冒険 第6部 ストーンオーシャンでのプッチ神父の台詞だ。神父曰く、「人が敗北する原因は、恥のためだ 人は恥のために死ぬ あのときああすれば良かったとか なぜ自分はあんな事をしてしまったのかと後悔する 恥のために人は弱りはて敗北していく」
それ以前に観たタイトルは忘れたが、アンソニー・ホプキンスの出ている映画でも、同じような台詞があったように思う。
当初、恥で死ぬとはどういう事か明確な認識はなかったが、何故かずっと頭の片隅にあり納得出来るフレーズだと思っていた。

では、恥で死ぬとはどういう意味なのか。今なら私なりの解釈がありその通りだなとも思う。
恥とは、いい変えるならば、人に知られたくない事、気付かれたくない事、自分で認めたくない事、或いは執拗にこだわっている事、手放せない思い等ではないだろうか。
それらを認められない、知りたくないが故に、心や精神の死、または肉体的に死んでしまう事を余儀なくされる。
人は自分の中の抗えない常識や倫理観、またはこうでなくてはならないという自身の枠から逸脱した時に死を迎えるのでないだろうか。
もしも、その時に誰かに助けを求める勇気があったり、自分自身を肯定できるだけの経験があったりしたならば、避けられる事もあるのかもしれない。
言ってみれば、エゴに負けたとも表現できる。被害者意識にも似ているのかもしれない。
じっとりとした憐れみと自惚れが自分自身を殺すのだ。哀しみに寄り添われ、増上慢に食い潰される。
自分で自分自身の魂を格下に見て気の毒がっている。

例え、どんな経緯を辿ってきたとしても、時には誰かを傷付けたり、また傷付けられたりしたとしても、今この瞬間に自分を認め、また他者への許しと受容ができたならば、恥で死ぬことはない。
どんなイレギュラーなことも、どこ吹く風とあしらえる。
色々な事を重く深く捉えずに、そんな時もあるよな、と思えたらいいよね。
生きてるってそれだけで大変なんだから。

転んだり、滑ったり、たまに上からタライが落っこちてきたり…色々あるもんね。
案外、自分が恥だと思い込んでる事は、取るに足らないことであったりもするよ。
だって、恥なんてものは幻想なんだから。

愛を込めて。