先日、日々の慈悲の瞑想の効果を

身に染みて感じた出来事がありました。

 

とある”知り合い以上、お友達未満”な

同性の子から言われた言葉に

必要以上に傷ついてしまい、

それを本人に言うべきかと思い悩んでいました。

 

その子と私は

お店の人(彼女)と

クライアント(私)

という利害関係もあったりします。

 

なのでお客さんの立場として

今後の経営の改善にも繋がるし

ちゃんと言ってあげた方が

彼女のためなのでは?

と思う部分もあったり。

 

でも、私が単に被害妄想で

彼女の言葉を

悪く受け取ってる可能性だってあるはず。

その点もAIと壁打ちしながら

慎重にあれこれ考えていました。

 

でもある日、夜中に目が覚めた時に

彼女のトゲのある言葉がチクチク痛くて

朝まで眠れないという事があり、

さすがにどうにかしたくて

 

これはAIじゃなくて生身の人間の話が聞きたい!

と思い、友人に相談してみました。

 

メールで色々と

彼女の実際の体験談を聞いていたら

じゃあもう少しだけ様子を見てみて

まだモヤモヤするようなら

本人にちゃんと伝える!って答えが出ました。

 

やっぱりこういう時って誰か(人間)に

話を聞いてもらうっていう事と、

人間の視点、生の体験談っていうのが響きますね!

 

それから数日中に、やっぱり伝える!と思って

私はその知り合い以上、友達未満の子に

メールを書き始めました。

 

どうやったら相手を傷つけないように

愛をもって伝えられるだろうか、って

 

慎重に言葉や表現を選びながら、

長い時間をかけて

 

彼女のどういう言動で

どういう気持ちになったのか、っていう事を

メールの中で説明しました。

 

でもね、

 

「なんで彼女はそういう言動をしちゃったのか」

 

っていう根本の部分と

向き合えば、向き合うほど

”共通の人間性”ばかりが

見えてくるんです。

 

トゲのある言葉、

マウンティングって

 

自分を強く見せたい、

隙を作らないように

下に見られないように、って

鎧を何重にも着ているってことだよね?

 

きっと、弱い自分を守りたいだけなんだ。

 

それって誰だってそうじゃない?

 

そんな風に、

自分との共通性を見いだせた時

 

その人はもう単なる

「攻撃してくる人」ではなく

 

私と同じように

「必死に自分を守りながら生きている、

一人の不器用な人間」に変わっていきました。

 

彼女の心の中にある

色んな傷が見えたような気がして

それを責めるような気持ちが

スーっとどこかへ消えてしまったのです。

 

私はこの時、はっ!としました。

日々のマインドフルネスの練習で

「慈悲の瞑想」というのをやりますが、

そこでは”共通の人間性”を意識する、という

練習をするんですが、これのおかげかもしてない!と

気付いたのです。

 

胸の上に手を乗せて

心臓の振動を感じてみる。

 

私の真ん中で動いている心臓。

これと同じ心臓が他者の中でも

同じようにリズムを打っていることを想像する。

 

苦手な人の真ん中にも

同じ心臓が動いている。

 

私と同じように悩み、苦しみがあって

幸せになりたいと願っている。

 

そういう部分に意識を置いて広げていく練習。

 

これがもっと近い関係の人や

長年の確執があるような相手の場合

そういう視点を向けるのは

なかなか難しいかもしれません。

 

でも、相手を許すことが

結果として自分自身の心を

一番自由にしてくれるのだと

今回のことで、改めてよく分かりました。

 

 

マインドフルネスってすごいですね。

日々の練習の中では

ただ座っているだけのように見えるけど

 

何か感情が大きく揺れた時に

こうして効果が表れてくる。

 

結局、そのメールは出すことはなく

その場で削除しました。

 

そして話を聞いてくれた友人に感謝です!

AIに相談したり、1人でジャーナリングするのも

頭の中の整理ができるけど、

やはり温度を感じながら

生身の人間とやりとりをする、っていうのとは全く違う。

そのことも改めて感じられました。