バシャールが語る
「意識が体の中にあるのではなく
意識の中に身体がある」とは
どういうことなんでしょう?
これは夢を見ているときの
イメージに似ているかもしれません。
夢の中で色々なことを体験し
そこではもちろん
”わたし”という意識はあるし
身体も存在しています。
でも実際はベッドの上で
夢を見ている私の
「意識」が生み出す世界の中での出来事。
この夢の世界=現実の世界
だとすると、
”夢を見ている”大元の自分(=意識)
はどこにいるんでしょう。
映画マトリックスで
仮想現実の中の自分と
ザイオン(本当の世界)にいる自分
みたいな感じですね。
今私たちが日常を送っている世界が
仮想現実だとすると
ザイオンにいる本当の私は
どこにいるんでしょう?
”肉体とは
精神的なもの(魂)を
肉体的な側面から体験しているとき
「この中にある」と感じるだけです。”
このバシャールの言葉を逆説的に言うと
”自分の精神的な側面から肉体を体験するとき
肉体が意識の中にある、と感じられる”
となります。
ベッドの上で夢を見ている方の自分から見た
「意識の中(夢の中)にある自分の身体(肉体)」
というイメージになりますね。
夢の中の自分が動き回り
冒険するのと同じように、
意識は身体を使って
この世界を体験しています。
でも、実際には
夢を見ている自分が本当の自分。
荘子の「胡蝶の夢」というお話があります。
夢の中で
美しいチョウになった荘子は
目が覚めた時、
「夢の中では私はチョウだった。
しかし、今は荘子だ。
では、本当の私は荘子なのか、
それともチョウなのか?
もしかすると、
本当の私はチョウで、
今はただ荘子だと思っているだけかもしれない。」
という疑問を抱きます。
「肉体=自分」という視点で見るとき
わたしたちはアイデンティティに縛られてしまう。
肉体が持つ制限や特性に縛られて
年齢や外見、身体能力などが
イコール自分だと思い込んでしまうんですね。
でも、「意識=自分」という視点で見ると、
意識の中では、チョウにもなれるし
なんでも自由に体験できる。
意識は肉体を超えた、
物理的な制約を超えた存在なんですよね。
本当の自分は”意識の自分”。
身体は意識の一時的な表現に
すぎないのかもしれません。
