あっという間に今年も半分が過ぎていきますね。
この数か月で色々なことが起きました。
春に胃カメラ検査を受けたのですが
その結果を聞きに行った時のことです。
去年も同じ個所(食道)に炎症が見られて、
2度病理検査したんですが
「慢性炎症」という結果だったので
今年も同じ結果だろうと
余裕こいて結果を聞きに行ったところ
細胞に微量の異形が見られたとのこと(汗)
でもそれが良性とも悪性とも
まだ判断のつかない「良性悪性境界線」
という名前がついていました。
これが悪性に傾いた場合は
ガンという診断ですぐ切除なのですが
まだ判断がつかないので、
とりあえずは経過観察とのことで
半年後に再検査することになりました。
うーむ。
バシャール風に言うと
「自分の中のどんな概念が
この状態を引き起こしたのでしょうか?」
これを考えてみたところ、
すごく思い当たることがありました。
4年前にコロナが流行してから、
外が怖くて怖くて、
帰宅すると、もう玄関で
「ほぉーーーーーっ!!」と
安心のため息のようなものが出ていたんです。
すごく大きな安心感というか、ホっとする感じ。
それからずっと何年も私の中で
「心の中の安全基地」を作ることが目標となっていて
「ホっとする」とか「安全安心を感じる」というのを
大切にしてきました。
でも、今回のことで気付いたんです。
「ホっとする」とか
「安心感をかんじる」っていうのは
「なにか怖いことが起きる」
という前提があってこそなんじゃない?と。。。
「怖いことがある」からこそ、
「何も怖いことがない」と分かった時に
ホっとして安心を感じることができる。
これに気付いた時、去年と一昨年の
健康診断のことが思い出されました。
今までどこもひっかかった事がないのに、
突然あちこち再検査という文字が並び
恐怖と不安にかられ、
でも再検査受けると
全てなんでもなくて
めちゃくちゃ「ホッ」とする、
みたいなことが続いたんです。
なるほど!!
これだったんだな!って思いました。
私が「ホっとしたい」
「安心を感じたい」と願っていたので、
それを叶えるためには、
先ずは怖い思いをしないといけないので
そんなことになってたんだなーと。
これに気付いたなら、
その概念をすぐさま変えてやろうと
「ホっとしたい」
「安心を感じたい」を
そっこー辞めました!
平和で安全なことが
デフォルトという概念に書き換えて。
完全に平和な世界、
平和な自分といつも繋がるように。
いやはや。
だけど、やはり細胞とかも
良い悪いの二極ではなく、
良性と悪性を行ったり来たりしている
「グラデーション」の世界なんですね!
食道にある炎症は、気になるけど
そのうち無くなってしまうんじゃないかな?
でも悪性になったらなったで、
なんとかなるっしょ!って思っています。
今出来る限りのベストを尽くして
胃や食道に優しい生活を心がけて
身体を労わってあげたいです。
(特に症状があるとか体調が悪いとかは全くないのです)
美しいグラデーションを見せてくれる紫陽花。
