今日、右ヒジの診察を受けに病院に行きました。





先生「もうそろそろ・・・、ここがゴールと言うことで・・・、そう設定してだな・・・」





先生がゴニョゴニョとハッキリ言わないのは、私が諦めが悪い男に見えるせいか、それともいつも患者にはそう言ってるのか、それとも患者側が空気を読んで「今日で終わりですね」と言いだすのを待っているのか・・・。





まあ要するに、「骨の方は割と出来上がったからもうやれることは無いし、可動域の回復の方も、病院でのリハビリで何とかしてやれる範疇を過ぎたから、後は自分で頑張ってくれ。よってもう病院に来なくていいよ」ってことでした。





まあ前回の診察の時、「よし、じゃあ来月が最後で」みたいな感じだったから、薄々そう言われるんじゃないかと思ってましたけどね。





「人間は忘れる生き物」とはよく言ったもので、既にケガをしたのが「5月の20何日」としか憶えてない私(笑)





いま調べたら5月21日でした。





思えばあの忘れもしない(忘れてたけど)5月21日からもう7ヶ月3週間。





人間の自己蘇生はすごいもので、いまや可動域が足りないってのはありますが、欠損した骨は100%とは言えないながらもそこそこ修復しております。





回復した可動域は、25度から125度といったところでしょうか。





まっすぐに伸びない右ヒジ、そして右襟を触れない右ヒジを抱えながら、これからの人生を生きていくことになってしまいました。





身体障害者手帳をもらうまではいかなかったながらも、明らかに後遺症が残った私。





肘の複雑骨折がひどかったので、伸ばす側は物理的にもう完全に伸びないと思います。





曲げる側も125度まで曲がるとは言え、直角から先は結構キツいんですけど、伸ばす側よりはまだ少しだけのびしろがあるかなといった感じです。





そんな右ヒジを抱えながら、これからの人生を歩むことになった私。





肘が伸びない限り、バレーボールのアンダーパスは出来ないでしょう。





肘が完全に曲がらないのは、弓道の会の姿勢に影響があると考えられ、弓を引けるのはいつになることやら・・・・。





あとは、ネクタイを締めた後、ワイシャツの襟を折り返すのに右襟側は苦労するなど、不自由はたくさんあると考えられます。





どうなることやらと悩む人生ですが、まあ仲良く不自由な右肘と付き合っていくしかないと思います。





ある程度はまだ回復するとは思いますが、たぶんもういっぱいいっぱいでしょうけど。





まあ私は「人生、なんとかなる」が座右の銘ですから、基本的には気にしないで人生を歩んでいこうと思います。





「上腕骨外果複雑骨折」





この症状になってしまった人で、不安があったり、どうなるのか、どうしたらいいのかって人は連絡を下さい。





私で力になるなら話になりますので。





以上、劇的なことが無い限りは今日で「俺の右腕」は終了です。





少なからずミディクロリアンの右肘を心配してくださった皆様、どうもありがとうございました。