3月5日にアップされた
チヒロ☆なう2019年⑤
本当に目を醒ましたいですか?
誰も上げてくれない
誰かが導いてくれる、と思っていたら大きな間違い
自分で理解して自分で学ぶ自分で上がっていくんだと
意思を明確にする
自分次第
どうなるのも自分次第
できない、できない、
困った、困った、といっている場合ではない。
来年の3月の春分には大きく開いていたゲートが閉じていく
目を醒ましたいなら言い訳や泣き言はいらないです
ただ、ワクワクしながら、現実をみて手放していけばいいんです
本当に目を醒まして生きたいのであれば、ただの周波数として手放せるはずなんです・・・
ほんとにね、今回のチヒロ☆なうは考えさせられました。
なんかね、統合しさえすれば人生がよくなるって思ってたと思う。
ある意味、魔法のようなもの・・テクニックとしてやればいい、そうしたら楽になる、っていう感覚だったと思う。
昨年八月、並木さんの個人セッションで言われたことを思い出しました。
「あなたは過去生でも、スピリチュアルのことも神様のことも信頼していたの。でも、この苦しい現実から助けてくださってお願いしたのに助けてくれなかった体験があったの。
なぜなら、あなたが動かなければならなかったからです。
そうするとあなたは神様ななんていない。こんなに困っているのに助けてくれなかったじゃないか、こうやってこの道を封印したです。
チベットとか、僧侶として生きて輪廻の輪を抜けようと思って悟りを探求していた時もあったんだって。
修行したり、仏門に入ったり、真言密教をやったときもあったってガイドがいってます。
でも、本当の決め手になるのは自分なんだっていうところまで気づけなかった。
この方法が救ってくれる、この修行が救ってくれるとかいってたから行けなかった。
今回の人生では、方法じゃない、自分だったんだって気づこうとしているのも人生の目的の一つです」
と言われました。
これを聞いて、スピリチュアルは好きだけど、神様はうさんくさいって思っていた理由がわかりました。自分の力で生きるんだって思っていたのもわかりました。
過去生でも、方法にこだわって、自分が大事だってわかっていなかった。今回もまたそれを引きずっている。
まだ抜けきれていない。
でも、せっかく、ここまでいろんなヒントをもらって、気づかせていただけるチャンスを与えてもらっている(創造している)
だから、今回は目を覚ましたい。
どこか、特別な人がするものではなく
苦行、修行をして勝ち取るものではなく
選ばれた人がするものではなく
ただ、覚悟して決めて、こひしたふわよに従ってでてきたものを手放して、楽しみながら先に進んでいこう
そう思った新月の日でした。