私たちは生まれた時から色んなラベルを付けられる。

「女」「男」「日本人」「食いしん坊」「活発」「おとなしい」「中年」「A型」

 

最初は両親や周りの人、環境・文化から付けられ、そのうち自分で自分にラベルを付けたりする。

ただ「男」というラベルだけでなく「男の子だから活発」とか、「80歳から膝が痛い」。

これらはすべて私たちに無意識に制限をかけている。

そしてその制限を立証するための経験を積んでしまったり、無意識に証拠を探したり、作ったりしてしまう。

このラベルの期待に応えようとする現象を「ピグマリオン効果」と言うそうだ。

 

ある実験で、子供たちを2クラスに分けて、片方のクラスの先生には「この子たちは優秀です」と伝える、もう片方のクラスの先生には「この子たちは平均的です」」と伝える。

しばらく観察すると「優秀」なクラスは優秀な成績、「平均的」なクラスは平均的な成績を出していた。

が、最初にクラス分けをしたときには実はランダムにクラス分けされており、特に優秀・平均に分けた訳ではなかった。

「優秀」「平均」というラベルを付けた瞬間、その通りに子供たちはなったのだ。

 

また別の実験で、ネズミを2グループに分けて、同じように片方に「優秀」、もう片方に「普通」というラベルを貼り、「品種改良されているとネズミ」と管理者は説明された。

そして、ネズミたちに迷路を通らせると、やはり「優秀」グループのほうが早く迷路を通りぬける。

管理者はラベルに関しての実験だと知らされず、、ただネズミを迷路に入れて時間を図った。

そしてネズミたちは実際は品種改良などされておらず、同じ兄弟をランダムに2グループに分けたのであった。

当然、管理者がネズミに「あなたたちは優秀」「あなたたちは普通」と伝えたり、優秀グループだけに「がんばれ!」と応援したわけではない。

ラベルと付けただけでネズミのパフォーマンスも変わった。

 

このように自分に付いたラベルも付けたラベルも無意識的に自分に影響を与えている。

言葉には波動があり、その波動が影響しているのではないだろうか。

であれば、ネガティブなラベルは付けず、なりたい自分のラベルを自分に付けてはどうか?

また、自分からラベルを全部剥がした時、

ラベルに制限されなくなり、「女だから〇〇」がなくなり、完全に自由になったら、あなたはどうしたい?

私たちには可能性しかなくなる。無限に。

 

家族や友人、どんな相手にもラベルを貼るのをやめてみてはどうか?

「この人、男のくせして。。。」「これだからおばさんは。。。」といった「男」や「おばさん」というラベルの縛りをほどいてしまうと、期待がなくなると、批判もなくなるかもしれない。

といっても、何十年もラベル人生を送ってきたので、すぐにはラベルを剥がすことは難しい。

まずはラベルの存在に気づくこと。

そのラベルがどのように思考・感情・言動をあなたや相手を制限しているか気づくこと。

そのラベルを剥がしたらどうなるか?

心が少し解放され、楽になるかもしれませんね。

 

私も少しずつラベルに気づき、少しずつ剥がしていき、、いずれ「裸」な巣の自分になりたい。他人のこともそのように見れるようになりたい。

そもそも、私たちは愛の塊、ワンネスだから。