横山秀夫さんの小説「64」。

以前、映画にもなり、評判になりましたよね。

映画も見ましたが、小説の方が、断然、面白い。

このような凄い小説が、よく書けるものだと感心します。

 

 

 

昭和64年は、昭和天皇の崩御により、わずか、7日間しかなかった。

そして、この、わずか7日間の間に起こった、誘拐事件を中心にした物語。

 

主人公は、三上という警察官。

当時は、捜査一課に居て、この誘拐事件の捜査にも関わっていた。

しかし、身代金を奪われ、誘拐をされた女の子は殺害され、犯人は、取り逃がし、未解決。

捜査は、縮小をされながらも続いていたが、三上は、警務部に移動となっていた。

そして、そこで、マスコミを相手にした広報の仕事をしている。

そして、この身代金誘拐殺人事件の時効が迫って来た時、状況が動き始める。

三上は、広報官として、この事件に、再び、関わることになるのだが……。

 

さて、この小説。

事件の解決の物語だけではなく、警察内部での「警備部」と「警務部」の対立や、警察の広報と、マスコミとの関わりなどが、複雑に、リアルに描かれていて、とても、面白かった。

実際の警察の中でも、このようなことが、本当にあるのでしょうかね。

どこまでが「リアル」で、どこからが「フィクション」なのか。

その辺りを見極めるのは、警察に、全く、関係の無い素人には、なかなか、難しいことですが、最終的に、物語が面白ければ、読む分には、何も、文句はない。

 

さて、映画では、主人公の三上を、佐藤浩市さんが演じていましたよね。

しかし、小説を読むと、これは、明らかに、ミスキャストです。

小説の中の主人公、三上は「不細工」な男という設定になっています。

実は、この三上が「不細工」であるということが、物語の重要な一面を担っているのですが、佐藤浩市さんは、当然、「不細工」ではない。

その点は、小説と映画で、大きく異なっているところ。

 

ここから、少し、余談。

 

テレビ、映画などで、「警察」を舞台にしたものは多いですよね。

しかし、この「警察」を舞台にしたドラマが、どこまで「リアル」なのかということは、昔は、それほど、考慮はされていなかったのでしょう。

つまり、物語として面白ければ、それで良いというものだったのだろうと思います。

しかし、この流れを、一変させたのが「踊る大走査線」ですよね。

この「踊る大走査線」を初めて見た時、その内容に、衝撃を受けました。

「殺人などの凶悪事件を担当するのは、本庁の刑事であり、所轄の刑事は、捜査に関われない」

とか、

「刑事は、普段、拳銃を持ち歩いていない」

とか、

「拳銃は、撃ってはいけないものだ」

とか、

「捜査本部を仕切るのは、捜査一課長よりも、キャリア警察官である管理官と呼ばれる人物である」

とか、これまでの「警察」ドラマのイメージを、一変させてしまった。

 

この「踊る大捜査線」以降、テレビドラマなどでも、例えば「太陽にほえろ」とか「あぶない刑事」のような、所轄の刑事が、凶悪犯を追いかけ、街中で拳銃を撃ちまくり、派手なアクションをするというドラマは、作れなくなってしまったようで、見なくなりましたよね。

どのドラマでも、必ず、殺人事件などでは、捜査本部が立ち、本庁の刑事や、所轄の刑事が、役割分担をして仕事をするというのが、一般的になった印象。

そして、「管理官」という人物や、キャリア警察官と呼ばれる人も、普通に、ドラマに登場をするようになっている。

もちろん、街中で、拳銃を撃ちあうというような派手な展開にはならない。

 

もっとも、「踊る大捜査線」に描かれていることが、必ずしも「リアル」という訳ではない。

当時、「踊る大捜査線」の関連本を、何冊も読みましたが、この「踊る大捜査線」で描かれているのは、あくまでも「リアルっぽい」ものであって、「リアル」ではないと書かれていました。

当時、読んだ本の中に「踊る大走査線」の内容を、「あたかもリアリティ」という言葉で表現したものがありました。

つまり、「あたかも、リアリティがあるように見える」というのが「踊る大走査線」であるということ。

 

ちなみに、本物のキャリア警察官が、自分の警察での体験を書いたのが、この本です。

 

 

ドラマの中で、「キャリア」と言えば、いつも威張っていて、所轄の人たちを見下し、所轄の人は、「キャリア」の人に、へいこらとおべっかを使ってばかりという印象ですが、これは、完全な、間違いのようです。

本物の「キャリア」である著者も、新人の頃には、誰よりも早く警察署に行き、掃除などを自主的にしていたそうです。

また、「キャリア」が、所轄の人たちを見下し、対立関係にあるというのも間違いで、当然、「キャリア」の人たちは、率先して、周囲の人たちと良好な関係を築かなければならないということのよう。

なぜなら、それは、自分の評価に関わるから。

部下を、上手く使えないという評判が立つと、例え「キャリア」警察官でも、出世に響くようです。

よく考えれば、当たり前のこと。

 

やはり、ドラマ、小説などと、現実では、いかにも「リアル」のように見えても、大きな違いがあるということのようですね。