それは、32週の定期健診の日から、始まりました。主治医いわく、妊娠中毒の数値が、先々週までは特に問題なしだったのに、いきなり危険数値になって、赤ちゃんの心拍が、弱いとの事でした。
「どこにしようかなぁ。」と先生。私を受け入れてくれる病院を探し始めました。「赤ちゃんの心拍が、弱くなければうちでも大丈夫だけど、気になるから。」と。
先生の電話一本でラッキーな事に、日赤医療センターの分娩室へ行く事になりました。
恵比寿の病院から、救急車に乗り、上の子とたまたま付き添っていた実母、主治医の先生と私の4人で、日赤医療センターへ向かいました。
この時救急車の中で、私は、絶対安静だったけど、冗談が言えるくらい元気でした。
この一週間後に、「心臓を取り替えないと助からないかも」という説明を親族だけが受ける事になるなんて、思いもしませんでした。
分娩室に運ばれ、様々な検査を受けているうちに、赤ちゃんが1000g以下である事が、判りました。
そしてその日は、赤ちゃんは取り出されずに、私は日赤医療センターのカーテンが閉められた薄暗い個室(妊娠中毒症のため)に、入院する事になりました。
上の子は、主人が社員旅行中だったため、その日から、私の実家に預ける事になりました。
続きは、また。