まあ人並みに使ってみたりしてますけどね、SNSとか。何かと便利なこともあるので。なにごとにもメリットとデメリットがある。好き嫌いを差し置いても、メリットが勝ると思えばやりますよ。にんげんだもの。

しかし、日に日に強まる息苦しさったら。だってイイことしか書けない雰囲気じゃん。ていうか、顔合わせてないからなんとでも言えちゃうわけで。アタシなんかいま、〆切ギリギリだからすぐやってと言われた仕事ひと晩待ちぼうけで徹夜で、それがもう4日も続いててボロボロで最悪の気分なんだけどw 「おはよう、さわやかな朝ですね♪ 今日も一日頑張っていきましょう☆」みたいなことも言えちゃうわけですよ。演出できちゃう。見えないんだから。

いくらホントのことだろうと、愚痴や悪口、批判ばかり垂れ流すのは感じワルー、というのはわからんでもない。(実に感じのワルいブログだな、ここはwww)それに、だいたいの人は、人からよく思われたいと思っている。こんなアタシでさえ。(いやホントww) そこへ持ってきて、ホントの自分の姿は見えないけどみんなが見ている「場」がある。...ときたらまぁ、実際よりはちょっといい人のフリから入るよね、たいていはw。んで、ギャラリー(友達wとかいうやつね)が増えれば増えるほど(っていうかあの手この手で増えちゃうような仕掛けになってるんだけど)...ウソとは自覚しないほどの薄く淡いウソでも 日々糊塗されて、イイネとかでまた増幅されて やがて息も出来んほど厚くなっていくんじゃね?窮屈になっていくんじゃね?ねえそれって楽しいの?

まあマナーとか礼儀的にも「ちょっといい人」的演出が間違ってるとは言えないし そういう態度でのぞまなければいつか 見ず知らずの他人からもフルボッコで炎上、のお祭り騒ぎになるのがオチだけど。見ず知らずの他人にどう思われようと関係ないけど。同じ理由から、見ず知らずの他人にはどこまでも容赦なく苛烈になれちゃうからね。にんげんだもの。ログだの画像だの、自分の手の届かないところに残っちゃうし。個人情報晒されまくりの、そんな恐怖祭り、誰もがどこかで見聞きしたことがあるはず。おーこわ。...でもこれってさー 相互監視社会とかいうんじゃなかったっけ?

ちょっといい人素敵な人、交流する価値のある人というイメージを維持するのも意外と大変で。 一般市民の毎日がそんな特筆すべきことにあふれた、めくるめくものであるはずもなく。今日は美味しいもの食べました、空がきれいでした。とか、ちいさな幸せ晒しにもう必死ww あーあ明日部長が死にますようにとか、ふざけんなこの店員使えねーとか、となりの席のオヤジがブサいしクサいし早く降りろとか、黒いこと思う瞬間も絶対それなりの頻度であるはずだけど。きれいな瞬間だけ切り取った写真集みたいな。まさに人生のコラージュww 影のない世界には光もないと感じる自分には、不自然すぎてどうも居心地悪い。自分は幸せってどうしてそんなに人にアピールせずにいられないのかなー?誰に言い聞かせてんの?って むしろ逆のことを想像してしまうんだが。まあとにかく。

いったんステージに上がってしまったら、踊り続けるしかないのかもね。踊りたくなければ乗らないという選択肢もあるが、目の前にあるメリットは享受したいんだよねー。にんげんだもの。踊ったほうがなんとなくトクっぽいし。阿波おどり見に行ったことあるけど、まさにそんな感じ。目の前で楽しそうに踊り狂われると、だんだん突っ立ってるだけの自分がめっちゃ損してる気分になる。これホント。なにそれズルい、みたいな。...よく考えると別に損はしとらんのだがww

そんなこんなで、SNSでは友達wとかいいながら リアルに会うことになっても、演出してしまった自分のキャラはもう脱げなくなってるよね。そのうち「中の人」である自分が本当は何者だったのかさえ思い出せなくなるだろう。まあもとから大したもんじゃないんだからw いいのかそれでもww いやむしろ敢えて忘れていたいのか? うん、きっとそうかも。哀れ「中の人」w

自作自演の着ぐるみの中で器用に呼吸するやつもいて、窒息しかけているやつもいるってことだ。私みたいにww 自分にとって生きづらいからといって、否定する気はないけど なんかもう ああもう。 だいじょうぶなのこれで、みたいな。

今日もオチはない。ww