なぜなら、理屈じゃないから。理詰めで話し合えるようなことなら溝を埋める努力もできるし、好みに沿わなくても理屈が通ってさえいれば、納得することは出来る。

 でも、第3者的に引いてみればどーでもいいような、くっだらないこだわりや思い入れで出来上がっているのが個々人の日常でもある。一般的に正しいとか間違ってるとかはどーでもいいけど、自分の生活の中では通したい自分なりの処し方、みたいなもの。夫婦や親族間、ご近所同士のケンカなんてのはほとんどすべてこれらの相違、衝突によるものだろう。相当に不愉快だけど、もとより解決は不可能なのだ。ということを知っておくべき。相違の範囲を確認し合う以上に言い合うのはまったくもって無意味。いずれにしてもどちらかもしくは双方が我慢するか、離れるか、それ以外の道はない。

 細かいことだけに数も多いから、普通に暮らしているだけでも積もり積もるもの。だから、言い合うのは無駄とわかっていても、メンタルコンディションによっては沸点が低下していて、ちょっとしたことで爆発することもある。そこに第3者が入ってきて「なにそれ、くっだらなーいw」と笑ってくれさえすれば、ガスは抜けるような気もするのだが。やはり無縁社会というか…そうした第3者的存在が身の回りにいないケースって相当あると思う。友達といっても最近は 仲良しの相手がいるってのを確認し合いたいだけの集まりだから、ネガティブな発言はしにくいことが多いし。ささいな対立が密室化し、積もり積もってエスカレートしやすい。

 例えばウチなんて、永谷園のお茶漬けにお湯をかけるか?お茶をかけるか?なんて まさにくっだらないことで10年間ずっと相容れないでいる。あの調味粉に、すでにお茶が含まれているんだから必要ない、むしろ蛇足で美味しくないと私は思っているのだが。面倒くさいので、不承不承折れている。10年間。つくるたび毎度腹が立つけどね。はぁー…くだらないでしょう?あとは温泉のタオルを持って帰る帰らないとか、そんなネタが山ほどあるけど、別れる以外に解消する術がないこともわかっている。共通の知人友人が多いので、おいそれと愚痴もこぼせない(信用していないわけでなく 聞いた人の負担になるからだ)

 こんなくだらないことで別れるなんてアホか、と思いもするけれど 別れるとかそこまで根こそぎぶった切らなければ解消できないんだから存外根は深いというか くだらないこだわりこそ 実はその人がその人たる根源的な部分に関わっているんじゃないかとも思う 無意識の領域ってやつ?本人にさえコントロールできないってことね

 まあ だからこんなところでこんなことを書いている。客体化することで、自分でくっだらねーwwwと突っ込みつつ、どこかで同じように くっだらねーwwwと笑ってくれる存在を夢想したいがために。


(これ書いたからかなw 離婚証言代行とかなんとかいうのからペタがついたwwww笑えたwwww しねーよバーカ)