こちらへお越しの皆様いかがお過ごしでしょうか?
・・・・・・・・・・・・・・・という毎度おなじみのごあいさつから入らせていただきました
さとうちえでございます!
長~~い(このように感じたのは私だけですかねぇ?)お盆休みがどうにかこうにか終了いたしましたね!
本当に長かったです・・・・
皆様はどのようにお盆休みをお過ごしになられたのでしょうかねぇ?
私は・・・・特にな~~~んも変化のないいつもどうり平日となんら変わらないお盆休みでした
といいましてももともと主人以外子供と一日中うちにいるので・・(今だ働きに行かず専業主婦続行です・・汗)
子供たちが夏休みなら私も一緒に夏休み~~の気分でおります(笑)
相変わらずお気楽~な毎日でございます
特に家族で出かけもせず・・・(外へ出かけるとお金を散在しますもので・・・)
いつもの週末(主人が休みの)の連続のようでした・・・・
でもその間にいろいろと気づかされたり、考えさせられたりとするようなことがけっこうございました
あんまり・・(汗)考えたりするのは苦手なものなのですが・・(といういり頭を使いたくない・・・けっきょくめんどうくさいのか・・・汗)特にこの前の災害のことなどからこれからはなんでも都市集中型ではなくってもっともっと地方へ目をやり調査し分析しいろんな可能性を探り見いだし、アイデアを出し頭を使い、知恵を絞り・・・・あらゆる角度から変えていく興味と努力、行動を示し実際に見せてもらう必要性を迫られているな~~と痛感させられました・・何にって?もちろん政治です!!
それ以外にもいろいろです
前回記事にて触れさせていただきましたが
やはりこの秋口あたりからですが・・・
いろいろな今の世の中のあらゆることが「新しい」もの、また方向へと動き出すようなのです
「これ」は特別何か上(メッセージをいただく瞬間の表現です)から何か聞いたとか・・・
瞑想中に(瞑想は特別やっておりませんです・・汗)何か視たとか聞いたというものではないのですが・・・
ただ漠然と何か4月くらいから特に・・・5月末くらいから急に「グン!}どこからか何か「来る」ものを感じていたのです!そーですね・・・上からではなくって・・・むしろ下です!下からですね
下から何か「根っこ」のようなぶっ太い大きな巨大な柱のような「もの」が地響きを上げて・・まるで地響きのようなものを轟ろかせて上がってくるような間隔とイメージが強力なあるパワー(エネルギー)と共に・・・
そうトルネードのようにぐるぐると早く回転しながら上がってくるのを強く感じていたりイメージするような機会に
よく出くわしていたのです龍神様や龍のイメージではないです
ちなみに・・その時イメージしていた地底から高速回転して突き上げるように上がってくる根っこが深く巨大な
幹のような柱のような・・・物体ですが・・・
根っこが伸びておる木など植物ではなくって・・・
大袈裟なくらいに眩しすぎて目も開けられないくらいに眩しい白い輝やける光の帯が幾重にも折り重なった
まるで北欧の白夜に燦然と広がる光のカーテン・・オーロラのようなオーラを放つそれこそ巨大な
ある水晶です!!
その水晶は遠い地底からそう・・・地球のコアの部分まで遡るところから根ざしていました・・・
とてつもなく大きな木の幹のように地上めがけて聳え立つように一直線のあらゆる角度から伸びていました!
その水晶はただのクリスタルではありませんでした!
八角形の姿をしています
中はとても白く良い具合に濁っていて年月を想像できないくらい密度が濃いものでした!
立派でした!
で、その八角の水晶ですが・・・・・
何かの「化身」のようです・・・
水晶の「かたち」だと一番分かりやすいからだというのです・・・
(それはもちろん私達ひとには。。。。という意味です!)
で、あの日食の日にニギハヤヒ山(草香山)から直接聞こえてきた言霊のなかに
宮柱太しき八角の水晶を己の中心に根ざせよ・・・
というセリフ(?)が最初に聞こえてきたのです・・・
で・・・この八角形がなぜか大いに気になりましたので・・いろいろとヒマな時にググったりしてみました
八角形は風水でいうところの幸運をキャッチする最強、最高の形だそうで・・それを読んで私は個人的に
八角形はどの角度からでも、どの方位からでもその気になれば・・そう意識を強く高めることにより呼びよせたり
引き寄せたり、運んできたり。。。というのを強くイメージしました
また八角形は「太陽」をあらわすのだそうです
またこの「八角形の水晶」ですが・・・やはりある日本の神々の「化身」とも言われています
その神々の化身ですが・・・
その正体・・というか真のお姿ですが・・・・
そのお姿はずばり熊野の神がそうです
熊野の神様は日本全国の各地を転々と移動を繰り返されて最終的に熊野の地へとたどり着かれました
『長寛勘文』という熊野縁起最古とされているものに記されていた『熊野権現垂迹縁起』にあることが記されてありました・・・・・
昔、唐の天台山の王子信が、高さ三尺六寸の「八角の水晶」となって、九州の彦山(ひこさん)に降臨した。それから、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽(ゆずるは)山 と巡り、紀伊国牟婁郡の切部山、そして新宮神倉山を経て、新宮東の阿須賀社の北の石淵谷に遷り、初めて結速玉家津御子と申した。その後、本宮大湯原イチイ の木に三枚の月となって現れ、これを、熊野部千代定という猟師が発見して祀った。これが熊野坐神社の三所権現であると伝えられる・・・・・・・・・・・・・・・・
と記されてあるそうです
そして・・・「熊野三所権現」が熊野の地において最初に降りたのが熊のでは「隠れ世界遺産」といわれている
神倉神社のある神倉山でした!
で、その神倉神社は「熊野根本大権現」とも呼ばれたそうです
九州の彦山、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽山、と各地の修験霊場である山々を巡り、たどり着いた熊野の神倉山。他のどこよりも修験道場として熊野の地は優れているのだということを示しているのでしょう・・・・と「熊野の観光名所、神倉神社」のサイトページにて紹介文がありました
ちなみに
熊野の神様についてですが・・・
以下はウィキからです
熊野権現とは熊野三山の祭神である神々をいい、特に主祭神である家津美御子(けつみみこ)・速玉・牟須美(ふすび、むすび、または「結」とも表記)のみを指して熊野三所権現、熊野三所権現以外の神々も含めて熊野十二所権現とともいう・・・・
熊野三山は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社三社からなるが、当初は別個の展開をたどり、本宮は
崇神天皇代、速玉は影行天皇代那智は考昭天皇代に裸行が開基した(『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』)したとするが定かではない。正史において、神名が確実に確認できるのは大同元年 (806年)の史料中にある記述で、天平神護2年(766年)付で速玉神と熊野牟須美神にそれぞれ4戸の神封を施入したとあるもので、これら2柱の神は今 日の新宮に比定される熊野神邑(くまのしんそん)に一緒に祀られていたと見られる
9世紀中頃になると、単に熊野坐神(くまのにますかみ)とだけ呼ばれ、神名が明確でなかった本宮の神が家津美御子ないし証誠菩薩と呼ばれるようになり、新宮の牟須美・速玉とともに家津美御子が古くからの熊野神であるとの伝承が成立した(「熊野権現垂迹縁起」、『長寛勘文』所収) さらに、『中右記』天仁2年(1109年)10月26日条にはこれら3柱の神名のみならず、五所王子、一万眷属、十万金剛童子、勧請十五所、飛行夜叉、米 持(めいじ)金剛童子の名が挙げられ、鳥羽院・待賢門院の参詣記(『長秋記』所収)長承3年2月1日条には『中右記』に挙げられていた十二所権現とその本 地仏が挙げられており、この頃までに熊野三所権現および熊野十二所権現が確立していたことが分かる。 那智は本宮・速玉とは性格を異にし、古くは滝篭行の聖地として知られ、当初は結神を主祭神としていたが、鎌倉時代初期に成立した『熊野権現金剛蔵王宝殿造 功日記』には熊野十二所権現の祭祀に関する縁起譚が記されており、この頃までに本宮・速玉の祭神をもあわせ祀っていたことが分かる。以上のように、12世 紀末までに三山が互いの祭神を祀りあうことにより、三山は一体化を遂げたのである
・・・・となります
熊野の神々はもともと海や山からの自然神なのだと思います
となんだか「聖地熊野と熊野の神様」おお話になりましたねぇ・・・どういうわけか・・・
実は過去記事でもよく触れておりますが私と熊野はとても強い繋がりがあるのです!
過去生まで遡りますが・・・それは個人的なハナシなので置いておきます
また熊野は主人の故郷でもあり主人のご先祖様方の地元です
なので毎年帰省するので熊野へ行くのはもう自然なことなのです
行くたびに熊野が好きになっております!
強く引かれるものがあり、また熊野の自然や神様がたに遠く離れていても「呼ばれている」感覚が普通に有ります
瞑想の時なんか・・・熊野の聖地聖域のなかでも私にとって最高のパワースポットであり個人的にもエネルギー的にもアカシック的にも最も深く縁を感じる場所が神倉神社とその神倉山です!!瞑想時に神倉山へ意識を「飛ばす」と現地へりうかのようなかん格がふっと起ります!その時は半分ぶっ飛んでおります・・・
ここは初めて登ってお参りした日以来
忘れられない最高の場所となりました!
山と神社のご神気に土地のエネルギーやそこから振動している波動。。また土地の磁場まで!
ほんとうにこれ以上にないくらい共鳴し適合しこころも魂も身体も振動しまくる場所はありません!
もうひとつのその場所が地元の「ニギハヤヒ山」す
実はとてもエネルギーと波動が近いんですよ!よく似ていますね
江原さんも取材で神倉神社を訪れ熊野の神々の言霊を聞かれたそうです
「ここが熊野の元である」
だったそうです
でまたまた参考までですが・・・この神倉山は主人の実家の裏に位置し歩いて2分ほどで行けるくらい近所なのです!帰省するといつも早朝にひとりでのぼりに行きます
またこの神社のご祭神である「高倉下命」こと天香山命とは主人の実家のご先祖様にあたられる神様なのです
またこの高倉下命様とはあのニギハヤヒノミコト様の御子様のおひとりでもあります!
ととにかく・・・この私にはあらゆる理由、偶然(必然?)が多く重なり(ついでに過去生も)
とても無視できない場所となっているのですよ
もちろん今住んでいる日下(くさか)の地が私の地元であり、最優先の居場所であることは変わりありませんが
熊野・・それも新宮、神倉山は2番目の地元、居場所であるといえます
生きている今の私というよりは・・・魂の記憶とか・・そう魂の居場所のひとつなのかも知れません
今週、やっと今年初めての熊野行きが実現いたします!
まずはご先祖様方をお参りさせていただき感謝を捧げます
あいまに神倉山、熊野速玉大社、熊野本宮大社へとお参りに入ってまいります!
本日もなんだかんだで長~~くなってしましましたねぇ(汗)
長いことお付き合いくださり本当にありがとうございました!
くどいですが・・・・
本日もこちらへとお越しいただき、読んでいただきまして本当にありがとうござます!
心より感謝の気持ちを申し上げます!
なんだか気候が大幅にずれてしまいこれから真夏か?というようなおかしい気候ですが
なんとかいろいろ工夫したりして暑さを乗り切りましょうね!
新型インフルエンザもあちこちうろうろしておりますし・・・
身体だけはほんとうにじゅうぶん気をつけましょうね
ではお元気で!
さとうちえ
・・・・・・・・・・・・・・・という毎度おなじみのごあいさつから入らせていただきました
さとうちえでございます!
長~~い(このように感じたのは私だけですかねぇ?)お盆休みがどうにかこうにか終了いたしましたね!
本当に長かったです・・・・
皆様はどのようにお盆休みをお過ごしになられたのでしょうかねぇ?
私は・・・・特にな~~~んも変化のないいつもどうり平日となんら変わらないお盆休みでした
といいましてももともと主人以外子供と一日中うちにいるので・・(今だ働きに行かず専業主婦続行です・・汗)
子供たちが夏休みなら私も一緒に夏休み~~の気分でおります(笑)
相変わらずお気楽~な毎日でございます
特に家族で出かけもせず・・・(外へ出かけるとお金を散在しますもので・・・)
いつもの週末(主人が休みの)の連続のようでした・・・・
でもその間にいろいろと気づかされたり、考えさせられたりとするようなことがけっこうございました
あんまり・・(汗)考えたりするのは苦手なものなのですが・・(といういり頭を使いたくない・・・けっきょくめんどうくさいのか・・・汗)特にこの前の災害のことなどからこれからはなんでも都市集中型ではなくってもっともっと地方へ目をやり調査し分析しいろんな可能性を探り見いだし、アイデアを出し頭を使い、知恵を絞り・・・・あらゆる角度から変えていく興味と努力、行動を示し実際に見せてもらう必要性を迫られているな~~と痛感させられました・・何にって?もちろん政治です!!
それ以外にもいろいろです
前回記事にて触れさせていただきましたが
やはりこの秋口あたりからですが・・・
いろいろな今の世の中のあらゆることが「新しい」もの、また方向へと動き出すようなのです
「これ」は特別何か上(メッセージをいただく瞬間の表現です)から何か聞いたとか・・・
瞑想中に(瞑想は特別やっておりませんです・・汗)何か視たとか聞いたというものではないのですが・・・
ただ漠然と何か4月くらいから特に・・・5月末くらいから急に「グン!}どこからか何か「来る」ものを感じていたのです!そーですね・・・上からではなくって・・・むしろ下です!下からですね
下から何か「根っこ」のようなぶっ太い大きな巨大な柱のような「もの」が地響きを上げて・・まるで地響きのようなものを轟ろかせて上がってくるような間隔とイメージが強力なあるパワー(エネルギー)と共に・・・
そうトルネードのようにぐるぐると早く回転しながら上がってくるのを強く感じていたりイメージするような機会に
よく出くわしていたのです龍神様や龍のイメージではないです
ちなみに・・その時イメージしていた地底から高速回転して突き上げるように上がってくる根っこが深く巨大な
幹のような柱のような・・・物体ですが・・・
根っこが伸びておる木など植物ではなくって・・・
大袈裟なくらいに眩しすぎて目も開けられないくらいに眩しい白い輝やける光の帯が幾重にも折り重なった
まるで北欧の白夜に燦然と広がる光のカーテン・・オーロラのようなオーラを放つそれこそ巨大な
ある水晶です!!
その水晶は遠い地底からそう・・・地球のコアの部分まで遡るところから根ざしていました・・・
とてつもなく大きな木の幹のように地上めがけて聳え立つように一直線のあらゆる角度から伸びていました!
その水晶はただのクリスタルではありませんでした!
八角形の姿をしています
中はとても白く良い具合に濁っていて年月を想像できないくらい密度が濃いものでした!
立派でした!
で、その八角の水晶ですが・・・・・
何かの「化身」のようです・・・
水晶の「かたち」だと一番分かりやすいからだというのです・・・
(それはもちろん私達ひとには。。。。という意味です!)
で、あの日食の日にニギハヤヒ山(草香山)から直接聞こえてきた言霊のなかに
宮柱太しき八角の水晶を己の中心に根ざせよ・・・
というセリフ(?)が最初に聞こえてきたのです・・・
で・・・この八角形がなぜか大いに気になりましたので・・いろいろとヒマな時にググったりしてみました
八角形は風水でいうところの幸運をキャッチする最強、最高の形だそうで・・それを読んで私は個人的に
八角形はどの角度からでも、どの方位からでもその気になれば・・そう意識を強く高めることにより呼びよせたり
引き寄せたり、運んできたり。。。というのを強くイメージしました
また八角形は「太陽」をあらわすのだそうです
またこの「八角形の水晶」ですが・・・やはりある日本の神々の「化身」とも言われています
その神々の化身ですが・・・
その正体・・というか真のお姿ですが・・・・
そのお姿はずばり熊野の神がそうです
熊野の神様は日本全国の各地を転々と移動を繰り返されて最終的に熊野の地へとたどり着かれました
『長寛勘文』という熊野縁起最古とされているものに記されていた『熊野権現垂迹縁起』にあることが記されてありました・・・・・
昔、唐の天台山の王子信が、高さ三尺六寸の「八角の水晶」となって、九州の彦山(ひこさん)に降臨した。それから、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽(ゆずるは)山 と巡り、紀伊国牟婁郡の切部山、そして新宮神倉山を経て、新宮東の阿須賀社の北の石淵谷に遷り、初めて結速玉家津御子と申した。その後、本宮大湯原イチイ の木に三枚の月となって現れ、これを、熊野部千代定という猟師が発見して祀った。これが熊野坐神社の三所権現であると伝えられる・・・・・・・・・・・・・・・・
と記されてあるそうです
そして・・・「熊野三所権現」が熊野の地において最初に降りたのが熊のでは「隠れ世界遺産」といわれている
神倉神社のある神倉山でした!
で、その神倉神社は「熊野根本大権現」とも呼ばれたそうです
九州の彦山、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽山、と各地の修験霊場である山々を巡り、たどり着いた熊野の神倉山。他のどこよりも修験道場として熊野の地は優れているのだということを示しているのでしょう・・・・と「熊野の観光名所、神倉神社」のサイトページにて紹介文がありました
ちなみに
熊野の神様についてですが・・・
以下はウィキからです
熊野権現とは熊野三山の祭神である神々をいい、特に主祭神である家津美御子(けつみみこ)・速玉・牟須美(ふすび、むすび、または「結」とも表記)のみを指して熊野三所権現、熊野三所権現以外の神々も含めて熊野十二所権現とともいう・・・・
熊野三山は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社三社からなるが、当初は別個の展開をたどり、本宮は
崇神天皇代、速玉は影行天皇代那智は考昭天皇代に裸行が開基した(『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』)したとするが定かではない。正史において、神名が確実に確認できるのは大同元年 (806年)の史料中にある記述で、天平神護2年(766年)付で速玉神と熊野牟須美神にそれぞれ4戸の神封を施入したとあるもので、これら2柱の神は今 日の新宮に比定される熊野神邑(くまのしんそん)に一緒に祀られていたと見られる
9世紀中頃になると、単に熊野坐神(くまのにますかみ)とだけ呼ばれ、神名が明確でなかった本宮の神が家津美御子ないし証誠菩薩と呼ばれるようになり、新宮の牟須美・速玉とともに家津美御子が古くからの熊野神であるとの伝承が成立した(「熊野権現垂迹縁起」、『長寛勘文』所収) さらに、『中右記』天仁2年(1109年)10月26日条にはこれら3柱の神名のみならず、五所王子、一万眷属、十万金剛童子、勧請十五所、飛行夜叉、米 持(めいじ)金剛童子の名が挙げられ、鳥羽院・待賢門院の参詣記(『長秋記』所収)長承3年2月1日条には『中右記』に挙げられていた十二所権現とその本 地仏が挙げられており、この頃までに熊野三所権現および熊野十二所権現が確立していたことが分かる。 那智は本宮・速玉とは性格を異にし、古くは滝篭行の聖地として知られ、当初は結神を主祭神としていたが、鎌倉時代初期に成立した『熊野権現金剛蔵王宝殿造 功日記』には熊野十二所権現の祭祀に関する縁起譚が記されており、この頃までに本宮・速玉の祭神をもあわせ祀っていたことが分かる。以上のように、12世 紀末までに三山が互いの祭神を祀りあうことにより、三山は一体化を遂げたのである
・・・・となります
熊野の神々はもともと海や山からの自然神なのだと思います
となんだか「聖地熊野と熊野の神様」おお話になりましたねぇ・・・どういうわけか・・・
実は過去記事でもよく触れておりますが私と熊野はとても強い繋がりがあるのです!
過去生まで遡りますが・・・それは個人的なハナシなので置いておきます
また熊野は主人の故郷でもあり主人のご先祖様方の地元です
なので毎年帰省するので熊野へ行くのはもう自然なことなのです
行くたびに熊野が好きになっております!
強く引かれるものがあり、また熊野の自然や神様がたに遠く離れていても「呼ばれている」感覚が普通に有ります
瞑想の時なんか・・・熊野の聖地聖域のなかでも私にとって最高のパワースポットであり個人的にもエネルギー的にもアカシック的にも最も深く縁を感じる場所が神倉神社とその神倉山です!!瞑想時に神倉山へ意識を「飛ばす」と現地へりうかのようなかん格がふっと起ります!その時は半分ぶっ飛んでおります・・・
ここは初めて登ってお参りした日以来
忘れられない最高の場所となりました!
山と神社のご神気に土地のエネルギーやそこから振動している波動。。また土地の磁場まで!
ほんとうにこれ以上にないくらい共鳴し適合しこころも魂も身体も振動しまくる場所はありません!
もうひとつのその場所が地元の「ニギハヤヒ山」す
実はとてもエネルギーと波動が近いんですよ!よく似ていますね
江原さんも取材で神倉神社を訪れ熊野の神々の言霊を聞かれたそうです
「ここが熊野の元である」
だったそうです
でまたまた参考までですが・・・この神倉山は主人の実家の裏に位置し歩いて2分ほどで行けるくらい近所なのです!帰省するといつも早朝にひとりでのぼりに行きます
またこの神社のご祭神である「高倉下命」こと天香山命とは主人の実家のご先祖様にあたられる神様なのです
またこの高倉下命様とはあのニギハヤヒノミコト様の御子様のおひとりでもあります!
ととにかく・・・この私にはあらゆる理由、偶然(必然?)が多く重なり(ついでに過去生も)
とても無視できない場所となっているのですよ
もちろん今住んでいる日下(くさか)の地が私の地元であり、最優先の居場所であることは変わりありませんが
熊野・・それも新宮、神倉山は2番目の地元、居場所であるといえます
生きている今の私というよりは・・・魂の記憶とか・・そう魂の居場所のひとつなのかも知れません
今週、やっと今年初めての熊野行きが実現いたします!
まずはご先祖様方をお参りさせていただき感謝を捧げます
あいまに神倉山、熊野速玉大社、熊野本宮大社へとお参りに入ってまいります!
本日もなんだかんだで長~~くなってしましましたねぇ(汗)
長いことお付き合いくださり本当にありがとうございました!
くどいですが・・・・
本日もこちらへとお越しいただき、読んでいただきまして本当にありがとうござます!
心より感謝の気持ちを申し上げます!
なんだか気候が大幅にずれてしまいこれから真夏か?というようなおかしい気候ですが
なんとかいろいろ工夫したりして暑さを乗り切りましょうね!
新型インフルエンザもあちこちうろうろしておりますし・・・
身体だけはほんとうにじゅうぶん気をつけましょうね
ではお元気で!
さとうちえ