行って来ました~!
どこって?
昨日書きました「枚岡神社」はじめとする近所の聖地めぐりです。

ああ~~~短時間で3箇所を早足で歩きながらめぐりましたです
自宅を11時に出て帰宅は午後2時半でした~~
行きは二駅前の某神社前にて降り立ち、そこから某神社の本社へささっと神様にごあいさつとお参り・・・
近鉄の駅まで参道を15分登り・・ついでに某神様がおられる上の社へ更に坂をあがりごあいさつとお参り
偶然にも宮司様がおられたので(何度も行ってるんですが・・いつも誰もいらっしゃらなかったのです・・・)
御祭神のお札をを購入!ついでに御神水もゲットできました!
これでパワストブレスや石を浄化するんですよ~。

で、つい興奮(?)して宮司様にこちらの御祭神(もうくどいくらいブログに登場しておられる神様です)
のことをお尋ねしてついつい・・・・ひつこく(?)食い下がったせいか・・(笑)
いろいろとお話をお聞かせくださいました!

いゃあ~興奮しました!
ドキドキしながらお話をお聞きしておりました。
だってこちらの宮司様は御祭神の氏族の末裔のおひとりさまですから。

楽しかったです!

やはり、こちらの神様は凄いです偉大です。
あらためてそう強く感じましたね。
大好きな神様です!


後日詳しく書きますです。


ついでにブログで知り合ったスピ友達のMちゃんとなんとバッタリ!!
Mちゃんとは偶然家が凄く近かったのです!
何度かランチしたりとお付き合いしているのです。
どうしているかな~と連絡とらなきゃと思っていたので驚きました!
嬉しいですね~こういうのは~
ほんとう、ネットの繋がりではあっても本当にご縁のある方とは繋がるものなんですね!!
で、ランチのお約束もできました!

その後駅へと向かい二駅目で降りて河内一ノ宮、元春日と呼ばれている「枚岡神社」へ到着です!

小学校の遠足や中学のとき友達とお参りに来た以来です

あんなに広かったとは!

神武天皇の侍臣で中臣氏の祖の天種子命(あめのたねこのみこと)が、天皇の命で神津岳の頂に祖神の天児屋根神を祀ったのに始まると伝えられる。神津岳の頂が平らな丘であったことから「平岡(枚岡)」の社名が生まれたという。(ウィキより)

藤原氏の祖神(おやがみ)天児屋根命とその妃、比売大神と高天原の天照大神使者として出雲の国の
大国主命のもとへ参られた2神、経津主命(ふつぬしのみこと)と武甕槌命(たけみかづちのみこと)もお祭り
されていました。

私、実は昨夜こちらのおひとりの神様のお名前(?)が突然ハートにぬう~っと浮かんだのです。

特定の神社へ行きたいな~て時はたいていお呼ばれされているような感覚に陥るのですが
最初は天児屋根命さまだからかな~と思っていたのですが・・・・

瞑想中に突然
「ふ」というのが強く浮かび
そのまま何だろうかな~と聞き入っていたのです・・・・

すると

「ふ・・・ふ・・ふ・・つ・・ぬ・・しの・・」とかすかに一一字ずつゆっくりと浮かびました!


すると枚岡神社におられる齋主大神(ふつぬしのかみ)・・・・経津主命(ふつぬしのみこと)様のことです

実は・・・・数ヶ月前にニギハヤヒ様とスサノオ様のことを調べているときにまたしても
突如、ふっと!ハートに一字ずつ浮かんだのです!

その時は・・・

「ふ・・・ふ・・・・・つ・・の・・みたま・・・のみこと」

ふつのみたまのみこと

と浮かんだのです!

その時はそういうお名前の神様がいらっしゃることは全く知りませんでした!

で、調べると・・・奈良の石神神宮(いそのがみじんぐう)に布都御魂大神(ふつのみたまおおかみ)という神様が
おられました!ご神体は布都御魂と呼ばれる剣だそうです。
こちらの神社も物部氏と深く関わりがあるようです。
で、こちらの
布都御魂大神は齋主大神様と同一神でした。

実は。。この神様のことは奥が深く長くなるので・・・また別の機会に何かわかりましたら書きますです。


ああ~~今日は短く書こうと思ったのにまたしても長くなりましたね~~(汗)

今日一日3時間半で(しかも!睡眠時間3時間!?)ささ~~っと回ったのは大切なことを知る意味が
ちゃんと用意されていたようです。


枚岡神社の社務所で鈴のお守りを購入したあと、
置いてあったリーフレットにそれは示されてありました。


「鎮守の杜」という神様のお話を書いてある「神道青年近畿地区連絡協議会」発行のものです。


大国主命の稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ~日本建国)のお話と裏に神武天皇の絵が書いてあり
メッセージが記されてありました。


以下そのままです




私達、日本人は二千六百余年もの長きにわたり、

天皇を国の中心としてこの国を育んでまいりました。

しかしながら今日、この本来あるべき天皇制が根本的に変えられる危機に直面しております。

私達は神話時代までさかのぼるという

世界に類をみないこの天皇制を、

国民、ひとりひとりがもう一度再認識し、

改めてこの大切な伝統を現代の子供達、

さらには未来の日本人に伝えていくことが必要ではないでしょうか。


と書かれてありました。


私が強く感じたのは文章そのままのことではなく、そこにあるもしかしたらこの日本の八百万の神々様が
今の日本人である私達への力強いメッセージがかくされているのではないかと強く感じたということです。


神話時代大国主の国づくりから神武天皇即位など。

神話ではありますがそれが伝えられていた当時の日本。

農耕が始まり稲作、織物、鉄製の道具、武具などの文化の発達した当時の日本。

豊穣を感じられる当時の様子・・・・。

とても豊かで繁栄をきわめていた国のようす。


人々が豊かで神と自然と繋がり愛し、敬い
自然と豊穣を神に感謝を捧げ皆でわかちあう。
無理をせず日々の暮らしに感謝をし楽しんですごす。

なかなかうまく書けないのですが・・・このような元もとの日本の姿でしょうか
もともとあった自然なそのままの日本の暮らし。

そのような暮らしをする中での人と人との繋がりや思いやり助け合い
心と心のふれあい
あたたかい日本人の根本のような
たとえば・・・優しさや・・思いやりの心・・・礼節とか・・美輪さんがよくおっしゃっている美しい言葉を使うとか・・
祈りであるとか・・・助け合いなど・・或いは見返りを望まない行為や愛。

もともとの日本人のこころ
のことだと思うのです。

当時とはもちろん、日本人の姿(見かけの)や文化背景は違います。

見かけは違っても根本にある日本人としてのこころの根源は本当は何も変わっていないのだということ
変わってはいないのだけども
歴史とともに変化発展を遂げ人々のこころもいろんなものに影響を受けたり感じたり(ストレスとか)するように
なり、もともと生まれ持っていた「日本人のこころの根源」が段々と薄れ忘れ去られ・・・・
まるでそのようなものは消えてなくなってしまったかのような。

現代の日本の国と日本人の姿。


その関係かなんともいいようのないこの国の社会
次々とまるで膿みを出し切るかのような次々と起こる、出てくることことの連続。

「建て直し」が急務となっているような世の中です。

だからこそ、そのためにも原点に立ち返る必要があるのだと強く神々様はおっしゃるのだと思います。

やはりこれは日本人ひとりひとりがそういう意識をしっかりと持って生活する、生きることだとも。

その意識とは

やはり、「日本人のこころ」そのものなのだとおっしゃるのだと思います。

何も今からそのような「日本人のこころ」を無理やり意識するということではないのだと
無理に意識しなくとも、そんなことはしなくても
すでに持っているものだと。

誰しも持っているものだと。

ただ、もともとある「日本人のこころ」を思い出すだけで良いのだと。

何も難しいことをいっているのではないよと。

日本人にかぎらず、人間であれば誰しも持っているものだと。

人間どうしだからこそ分かり合えるこころなのだと。

今一度、ここで気づいて欲しいのだと。

その日本人のこころに(自分の中の)気づいてもっと目を向けて欲しいと。

そして神様はいつもあなたがたの中に存在しているのだとも
神様を意識するだけでも良いと。

神様はいつも日本人の近くにいるのだと。

日本人とともにいるのだとも。

それを忘れぬようにと・・・。

いつも神とともに生きているのだよと。


という力強いメッセージが存在しているのだな~と強く感じました。

今日ふっと思い立ち、近所ではありますが聖地を巡り
神様にお会いし、お参りさせていただき
お参りさせていただいたことに実はこういうことを知るという
意味が存在したのだと納得いたしました。


私の解釈でありますが・・・・
私にとってはとても深い深い強烈な神様がたのメッセージだったのだと強く感じました。

すいません・・・(汗)
すっかり長く・・・・

では長らく読んでくださいまして本当にありがとうございます!
来ていただいてありがとうございますね。

心より感謝を申し上げます

ちえ