ここ、最近・・・いやいやずっと前から感じていたんですがね。

私も仕事がないとただの有閑マダム(うっそこけ!笑)なもんで
いろいろなブログ(すぴぶろぐ)へお邪魔することもあるんですよ。

ま~大体、行くとこは毎回似たような感じですけど。

いかにも、気持ちの悪い波動発してるとこへは、間違っても自分からは行きません!)そんな自殺行為はいたしません。

で、話を戻して(汗)

そう!あっちのブログ、こっちのブログ目にします。

「闇!!」光よりも闇をテーマに書いてらっしゃる方の多いこと!

アセンションがらみ(?)でどんどん闇が暗躍(?)してるとか・・

今まで人の目に晒されなかった闇の存在がどんどんさらされて行くとか・・・・・

闇は心を入れ替えて、行いを改めないと光の(意識が上がる人たち?)中に入れないとか・・(ま~これは理屈はわかるが)・・

闇と闘うとか、闘わないとか・・・。(ここまで・・)

これ、ぜ~~んぶその通りなんですが、私がよっぽど考え方がおかしいのか、客観的に見すぎなのかはわかりませんが。

「なんで闇にそんなにこだわるの??」なんです。

素朴な疑問でスミマセン(汗)

な~~んで、ここまで気にするのかな?

ここまでこだわるのかな~?てのが単純な素朴な疑問です。


光もあれば闇もある。なにも今に始まったことではないですよね?

そんなの普通に考えても世の中の常識ですよね~と思うんです

因果応報で人になにか危害を与えれば、いつか、必ず違ったかたちで、やった本人にも帰ってくる。

カルマの法則でもありますけど。

でも、闇の(?)存在の方がそれを誰かにやったとして、後で同じ体験を必ずするんですよね。

それで、初めて危害を与えた人の思いがわかるんですよね。

つまり、こういうことを人にするとどうなるか?の答えが始めて
理解できるんです。
で、どちらの気持ちも理解できるようになるわけですね。
てことは、やっと!人生のお勉強ができたわけですね。

でも、被害にあわれた方はもう、自分のずっとずっと先を行っているのですね。(意識レベルが上がったという意味です)

つまり、単純に言うと「意識レベルで遅れをとった、おいていかれた」それだけのことなんですね~よく考えると・

どっちが得か明らかですね!

そんな人を陥れることに使った時間は自分にとって正に
「無駄な時間」だったわけです!

それも、だいぶ時間が経った後でしかわからないんですね~。

でも、自分にそれが回ってきた時は、無駄だったということに「そんなことしても何もならない」てことにようやく、気づけるチャンスがめぐってきたのです。

気づけるということは、学んだんですね。やっとこさ。

これで、同じことを繰り返すことはやめようと。

これで、ようやく意識レベルがひとつ上がれるようになったのですね!

ですので、以前は「闇」のほうにいたけれども、やっと「光」のほうがどんだけ居心地がいいか理解できますね。

で、確かに「回り道」しましたがその人なりの学習で「光」の側に行ったということになりますね。

でも、これで懲りずに、また同じ事を繰り返しているかわいそうな人は、残念ながら、依然「闇」にいるということですね。

そうなると、どうしようもないですね。

なので、今自分は「闇」だと自覚している人も、そのところに
気づこうとできる人は意識次第でいつでも「光」のほうに行くことが可能なんだということですね!

人生で、何か始めたり、変えたりすることに「遅い」なんてことは
、絶対にありえません!!

何歳になっても、意識さえ変えれば可能だということですよ!

人生を変えることは意識を変えれば、可能なんです!

やりなおしは効くんです!!

だから、「闇」のほうにいる人にもチャンスは全然あるんです。

だから、闘う必要はないんです・・と思います。

闘わなくても、その人たちも、必ず気づくときが来ると思います。

それは、本人に任せばよい事です。

光にいると自覚する人はそのままどんどん、行けば良いと思います。

放っておけば良いと思います。

光の人もいつ、闇に行くかわかりません!

人間、意識次第でどちらにでもなれるってことです

闇の存在を怖れる必要は全然ないし意味がないように思います。

そればかりに囚われていると、知らないうちに、ネガ意識が戻ってきたり、はまったりしますよ。

光も存在理由があるように、闇も存在理由がもちろん、あり光の人たちの気づきや学びのために役にたっているのです。

逆もありますでしょう?

お互い、大切なことに気づける存在だということですね。

お互いに与えているのですから、可能なんだと思います。

この、私だって意識次第でいつでも変わるんです。

人間はその時その時で、光にも闇にだってなれるんです。

それだけのことだと思いました。

ですから、光を求める方はご本人の意識レベルを上げるためにも
考えないことが一番だと思います。

正しい道をいってるのに、邪魔になりますからね・

いつまでも、かまっていることは時間の無駄です。

前にも書きましたが闇の存在は何かがたりなくて寂しいんです。

愛がたりていないだけです。

闇の存在にも愛のある接し方が出来るといいんでしょうね。

本当は。

てことは、光の存在もその努力が必要だということですね。

なんか、思いっきりわかりにくくしたかも知れません。

書いてる私も、こんがらがってます(笑)

スイマセン。

では!ちえ