落胆しています。
組織というものと、人の内にある黒い陰に。
人は生まれながらに良いものを持っていると信じていると、黒いものしかなさそうな人に出会った時に落胆します。
黒しかない人もいるのか?
と。
すると、小さな黒まで敏感に反応して悲しくなります。
先日、ある研究が発表されていました。
赤ちゃんが、映像をみていじめられている物体に同情するのかというもので、結果、八割が同情しました。
その研究者は人は生まれながらに良い心を、もっているのだと結論づけていました。
果たしてどうなのか。
環境が人を決めるのか。
人は生まれながらに良い心と悪い心を持っている。
そして、それが発達の段階で良い方向に導かれれば、善悪の判断ができる心に育つのだろう。
しかし、生まれてからずっと黒いシャワーを浴び続けたら何が善で何が悪かなんて、わからなくなる。
だって、人の心にはそれを判断する基準が無いんだから。
悪を善だと勘違いする、おもいこんだまま大人になっちゃうこともあるんじゃないかな。
で、それはそれで別に何も感じていない人もいる。
真理を求めようと、真実を探し続ける人もいる。
自分の死の不安とかスピリチュアルペインを、受けた時にようやく真理を探し始めたりして。
…探さない人もいる。
この違いはなんなんだろう。
神様はすべての人が救われることを願っているのに。
着地点が見えない話になりました。
要は、いじめは子どもの世界にも大人の世界にもやっぱりあるってこと。
着地できたのか?笑
つづく…
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