6/7/8/9月合算ランキング@レイテ沖海戦 | オートファッションプランニング (ライティングアート事業部)

6/7/8/9月合算ランキング@レイテ沖海戦

7月に続いて今回も前フリは長いですが太平洋戦争の話です。何があったのかを知ることが慰霊にもなると思いますので、興味のある方は読んでくださいm(__)m

 

今から76年前の今日、昭和19年10月22日、南海のボルネオ島ブルネイ湾から32隻の日本海軍の大艦隊が出撃して行きました。その名は『栗田艦隊(くりたかんたい)』。世界最大の戦艦大和(やまと)』、戦艦『武蔵(むさし)』を含む連合艦隊として組織的に指揮された最後の大艦隊でした。目標はフィリピン・レイテ湾。目的はレイテ湾に上陸したダグラス・マッカーサー陸軍大将率いるアメリカ軍輸送船団に艦隊ごとなぐり込みをかけて、艦砲射撃によってフィリピン上陸部隊のアメリカ軍20万人と80隻以上の輸送船部隊を全滅させることでした。

↑昭和19年10月22日午前8時、ブルネイ湾を出撃する栗田艦隊主力

向かって右から戦艦『長門(ながと)』、戦艦『武蔵』、戦艦『大和』、重巡洋艦摩耶(まや)』、重巡洋艦『鳥海(ちょうかい)』、重巡洋艦『高雄(たかお)』、重巡洋艦『愛宕(あたご)』←栗田艦隊旗艦、重巡洋艦『羽黒(はぐろ)』、重巡洋艦『妙高(みょうこう)』

↑昭和19年10月20日、フィリピン・レイテ島に上陸するダグラス・マッカーサー陸軍大将(中央)

 

7月にアップしました前回のランキングコーナーで『西村艦隊』を特集しまして。まあもちろん何の反響もなかったわけなんですけども(;´Д`)一応記事としてアップするので史実に沿った内容にしようと思いまして色々と調べものをしていた時に、近所にこの『西村艦隊』に関わりがあった空母の慰霊碑があるのを知りまして。8月のお盆前にお参りに行きましたので、今回はその様子とその空母にまつわる話をさせていただきます。空母(くうぼ)、皆様ご存じですか?単純に言いますと戦闘機を離着陸させるための船船です。航空母艦(こうくうぼかん)が正式名称です。太平洋戦争で日本がアメリカに敗れた大きな要因は昭和17年に起因した「ミッドウェー海戦」で主力空母4隻を一気に喪失したことです。この時代、すでに戦艦は時代遅れになっていて、いかに空母をうまく活用して航空機による攻撃ができるかどうかで戦いの勝敗が決まっていました飛行機日本は昭和16年の開戦から昭和19年までに7隻あった主力大型空母のうち実に6隻を撃沈されてしまいます。しかし、ただ1隻だけ主要な海戦にすべて参加しながら、ほぼ被弾することなく生き残っていた幸運の空母がありました。

 

↑空母『瑞鶴(ずいかく)』

 

全長257メートル 基準排水量25675トン 搭載機約70機

 

開戦以来、次第に敗色が濃くなる日本に幾多の武勲をもたらした空母『瑞鶴』。幸運の空母、その最後に与えられた使命は無情にも「おとり」になることでした。昭和19年10月20日、空母『瑞鶴』は17隻(うち空母4隻)からなる『小沢機動部隊(おざわきどうぶたい)』の旗艦(きかん→艦隊の司令部が乗る船)として大分湾から出撃、フィリピン北方海域に進出します。「おとり」になって引き付ける相手は当時のアメリカ海軍最大の勢力であった『ハルゼー機動部隊(第3艦隊・第38任務部隊)』。その戦力は空母だけでも35隻以上、航空機1000機以上という極めて大きなものでした。

↑ハルゼー機動部隊

ウィリアム・ハルゼー大将

小沢治三郎中将

昭和19年10月24日午前11時30分、小沢機動部隊の空母『瑞鶴』・『瑞鳳(ずいほう)』・『千代田(ちよだ)』・『千歳(ちとせ)』から合計67機の攻撃隊がハルゼー機動部隊に向けて発進。この攻撃隊が機動部隊から発進した日本側の最後の艦載機による攻撃隊でした。攻撃隊による戦果はほとんどなかったもののハルゼー提督はこれを日本の基地攻撃隊によるものではなく、空母艦載機によるものと判断。発進元の空母を含む機動部隊を日本の主力艦隊であると間違った判断をして、追撃のため北上します。つまりハルゼー機動部隊は日本の仕掛けた「おとり」にかかってしまったわけです。

↑昭和19年10月25日午前8時30分、ハルゼー機動部隊・第1次攻撃隊130機による攻撃で直撃弾を受けて白煙を上げながら航行している空母『瑞鶴』(写真中央)。手前は護衛駆逐艦の『若月(わかつき)』、奥は空母『瑞鳳』

↑昭和19年10月25日13時頃。ハルゼー機動部隊・第3次攻撃隊による攻撃で合計魚雷7本、直撃弾4発を受け左舷に大きく傾斜している空母『瑞鶴』(写真中央)、左側は護衛駆逐艦の『若月』。

↑昭和19年10月25日13時55分、「軍艦旗降下」中の空母『瑞鶴』。日本側撮影の貴重な写真。この後、総員退去が命令され14時14分、フィリピン・エンガノ岬沖に沈没。

『瑞鶴』の戦死者だけでも843人にのぼる。

↑エンガノ岬沖海戦を再現した3DCG

↑こちらが橿原神宮にある空母『瑞鶴』の慰霊碑になります。

↑慰霊碑の下にですね、サンドブラスト?だと思うんですが在りし日の空母『瑞鶴』がきれいに描かれてまして。よく見ると艦載機が1機、飛行甲板から飛び立って行きますよ目良い演出ですよね、今にもエンジン音が聞こえてきそうですにやり

空母『瑞鶴』が最後に所属した「小沢機動部隊」。「おとり」としての役割を果たし「ハルゼー機動部隊」の引き付けには成功しましたが、17隻のうち『瑞鶴』を含めて7隻が撃沈され、何千人もの乗組員が犠牲になりました。彼らの犠牲は何のためだったのでしょうか?そう、すべては「栗田艦隊」をレイテ湾に突入させるためでした。

栗田健男中将

↑昭和19年10月21日、ブルネイ湾で出撃準備中の戦艦『長門』

全長224.92メートル 基準排水量39130トン 41センチ主砲×8

↑ブルネイ湾で出撃準備中の戦艦『武蔵』(手前)、戦艦『大和』(奥)。戦艦『武蔵』が重巡洋艦『最上(もがみ)』に給油、戦艦『大和』が重巡洋艦『鳥海』に給油している。予定していた油槽船の到着が1日遅れたためこのような給油方法が取られた。

昭和19年10月22日、ブルネイを出港する世界最大の戦艦『武蔵』

全長263メートル 基準排水量65000トン 46センチ主砲×9

↑昭和19年10月24日レイテ湾への途中、シブヤン海にてハルゼー機動部隊艦載機数百機の集中攻撃を受ける戦艦『武蔵』。戦艦『大和』とともに「人の手では沈められない」ほどの強度で設計されていたが、魚雷20本、爆弾17発を受けて沈没した。戦艦『武蔵』の沈没により乗組員1023人が犠牲となった。しかし『武蔵』が丸1日集中攻撃に耐えたため他の艦艇への損害は少なかった。ハルゼー提督は24日の攻撃で栗田艦隊を無力化したと考え小沢機動部隊追撃を決めるが、これが翌25日にレイテ湾にいたアメリカ陸軍上陸部隊最大のピンチをまねくことになる。

↑「栗田艦隊」VS「タフィ3」(アメリカ第7艦隊・第77任務部隊第4群第3集団)

 

この「栗田艦隊」の話を全部書き出すと小説1冊分になってしまいますし、解説ページがありますので詳しく知りたい方はそういったページをご覧になってください。結果から言いますと、当時日本が最後の希望をかけたこの「栗田艦隊」ですが、レイテ湾が見える位置にせまりながらレイテ湾に突入せずに反転してブルネイに引き返してしまいます。今回は現在にいたるまで議論の的になっている「栗田艦隊反転の謎」について自分なりの解釈をちょっとだけしてみたいと思います。

 

●反転した最大の原因はなにか・・・

「ヤキ1カ」電、と呼ばれる電報です。これは10月25日午前11時30分ごろに戦艦「大和」の栗田司令部に届いたとされる電報で、航空地図用語「ヤキ1カ」の地点に敵の機動部隊を発見したので至急その機動部隊を攻撃して欲しい、との内容でした。偶然にもその時戦艦『大和』の艦橋見張り員が水平線に動くマストらしきものを発見します。もともと作戦立案の時点で「輸送船と機動部隊どちらかしか攻撃できない場合は機動部隊を攻撃する」ことになっていたので、南西方面艦隊から届いたとされるこの電報の依頼の場所にはハルゼー機動部隊の本隊がいるハズだから、レイテ湾を目前にしながら反転してまぼろしの機動部隊へ向かって行ってしまったのです。この「ヤキ1カ」電ですが、不思議なことに複数の場所で目撃されているにもかかわらず、受信記録がどこにも残っていないのです。戦後に至るまで捜索はされましたが、発信した人物も特定できていません。そしてさらに不可解なことに「小沢機動部隊」から再三にわたり『大和』の栗田提督あてに発信された「おとりが成功してハルゼー機動部隊を現在引き付けている」という電報が栗田提督にその日の夕方になるまで届かなかったのです。実際に小沢機動部隊からの電報は『大和』の通信室には3回受信した記録が残っているので、きっちり届いてたんです。しかし、栗田提督には届かなかった、ということになります。『受信履歴のないヤキ1カ電』、『水平線の動くマストらしきもの』、『栗田提督にだけ届かなかったおとり作戦成功電報』・・・。この3つの事実が示すのは何なのでしょうか?答えは「栗田司令部複数の幕僚によるヤキ1カ電の捏造と虚偽の見張り報告、そして成功電報の隠蔽」です。色々な説があるのですが「ヤキ1カ」電に関しては個人的にはこの説だと考えます。フィリピンにおける制空権・制海権をともに喪失しており、作戦自体が「艦隊ごと特攻しなさい」というような無謀なものですので、レイテに突入すれば生きて帰れないのは確実でした。少なからず栗田艦隊内部にも作戦に反対する人たちがいたことは判明しています。

 

●もし栗田艦隊がレイテ湾に突入していればどうなったか・・・

これも色々なところで議論されている話題なんですが、「レイテに突入すればアメリカに勝てた」という一部の楽観論が通説のようになってしまったんですね。だから栗田中将が下した『反転』という決断は誤りだったとするものです。これについては僕も色々と調べたんですが、結論から言いまして栗田艦隊がレイテ湾に突入していてもアメリカには勝てません。栗田艦隊の全滅と引き換えに全滅するのはアメリカ軍フィリピン上陸部隊20万人と輸送船80隻です。これはアメリカ陸軍全体の数パーセントの戦力にすぎません。それにハルゼー機動部隊は無傷のままです。そしてレイテ湾から栗田艦隊残存の23隻がその後ブルネイに帰れるかと言うと帰れません。レイテ湾内から出るころには25日の未明にスリガオ海峡で西村艦隊を全滅に追い込んだアメリカ第7艦隊(オルデンドルフ艦隊)81隻によってレイテ湾の出口を封鎖されてしまいます。付近にはサマール島沖で戦闘になった第7艦隊の護衛空母群(タフィ2/タフィ3)もありました。それらの集中砲撃を浴びて栗田艦隊は全滅するでしょう。またアメリカの世論が加熱して真珠湾攻撃の「リメンバーパールハーバー」のようなことになってしまい、原爆が東京、大阪に落ちていたかもしれません。アメリカと早期講和を結ぶどころか日本の壊滅が早まるだけです。栗田艦隊がレイテ湾に突入しなかったことによって助かった命が何十万、もしくは何百万人という数になることを忘れてはいけません。もし突入していれば我々はいなかったかもしれませんよ叫び

 

さて、この昭和19年10月22日~10月26日にかけて行われた海戦は「シブヤン海海戦」「エンガノ岬沖海戦」「スリガオ海峡海戦」「サマール沖海戦」の4つの大きな海戦があり、戦域の広大さと投入された艦艇の規模から「人類史上最大の海戦」とも呼ばれています。これら全てを総称して『レイテ沖海戦』(日本側の呼称は『比島沖海戦』)と呼称するのですが、事実上日本海軍は壊滅に近いダメージを受けて、以後翌年昭和20年8月15日の終戦まで組織的な戦闘ができなくなってしまいます。それで、この『レイテ沖海戦』を生き延びた艦艇はその後どうなったかと言いますとほぼ全ての艦艇が空襲によって沈められてしまいます。そこでブログを書くために色々と資料を調べている時にふとあることが気になったんです。宮崎駿監督の名作アニメ『未来少年コナン』の第1話「のこされ島」に戦艦と思われる遺構が出てくるんです。

↑はい、こちらですね。

この戦艦と思われる遺構なんですが、「パゴダマスト」と呼ばれる摩天楼のように艦橋を高く積み上げる日本戦艦の特徴があるんです。

では、どの戦艦でしょうか?というのが今回の締めのお話になります。

アニメの状況から見る限りこの戦艦は浅瀬で撃沈されている状態です。この状態になった日本の戦艦は3隻あります。昭和20年7月24日及び7月28日の「呉軍港空襲」で大破着底した戦艦『伊勢(いせ)』、戦艦『日向(ひゅうが)』、戦艦『榛名(はるな)』の3隻です。写真を見比べてみましょう。

↑戦艦『伊勢』

↑戦艦『日向』

↑戦艦『榛名』

 

どうですかね?写真の角度や雰囲気からは1枚目の戦艦『伊勢』が最も近いように思うんですが、植物が茂ってる感じは3枚目の戦艦『榛名』ですね。そもそも『伊勢』と『日向』は同型艦なので形は同じですから、どの写真を参考にしているかの違いですね。それで宮崎駿監督は1つのモノの丸パクリはされないと思うんです。なので、この「のこされ島」の遺構の戦艦は、戦艦『伊勢』・『日向』・『榛名』3隻の写真を参考に描かれたオリジナルの戦艦ということです。

 

さあ、それでは締めくくりとしてランキングコーナー参りたいと思います!!

 

●2020年6/7/8/9月合算ライティングアート月間業販ランキング!!

 

1位 ファーストさん                  (奈良)   297馬力

 

2位 TMSオートモーティブさん   (奈良)    146馬力

 

●2020年業販総合ランキング(9月末時点)

 

1位 ファーストさん            (奈良)   946馬力

 

2位 タイヤガーデン和歌山さん    (和歌山)  626馬力

 

3位 ミスタータイヤマンマスダさん  (和歌山)  375馬力

 

4位 ミスタータイヤマンM-Techさん (和歌山)  231馬力

 

5位 西川自動車整備工場さん     (奈良)   146馬力

 

5位 TMSオートモーティブさん     (奈良)    146馬力

 

2020年は年明けからコロナの影響をもろに受けまして、しばらく物も入って来ませんでしたし、販売の方でもご覧のとおりランキングコーナーも存続ギリギリ?みたいな馬力です。しかし、販売していただけるお店さんがある限りコーナーはきっちりやりますのでねウインク2020年は11月末までの売り上げが馬力に反映されますよ♪現在トップは地元奈良のファーストさん、2019年度総合チャンピオンですから今年は年間総合の連覇がかかっておりますビックリマークビックリマーク2位のタイヤガーデン和歌山さんとの差は320馬力あります。さあ、このままファーストさんが逃げ切ってしまうのか?それとも「待った」の一発があるんでしょうか?2020年度年間総合ランキングは12月末発表予定ですビックリマークビックリマーク左差し