夏恒例 (と言ってもまだ2年目😅) のキャンプに行って来ました。


以前、俳優の高橋一生が「生きていると実感出来るのは自然にいる時だけ」と言っていた記事を読みました。


私もそれに凄く共感します。


インターネットも電気もない所で、時間も気にせず気の向くまま。

家では絶対にできないボーっとした時間。

自然の音をじっくり聞いた。


お腹が空いてから火をおこし、やっと食事にありつけるまで約1時間。

翌朝は大粒の雨の音で目が覚めた。

もちろん火を起こせずご飯が作れなかった。


普段の日常に縛られないところや、生活を脅かされるかもしれないという(些細ですが)自然の影響。そんな空間が逆に生きていると感じさせてくれます。


改めて自分は自然に身を置きたいのだと感じさせられます。

11月から始まった離婚手続き。

ようやく後半戦に突入です。

 

資産リストが互いにまとまり、それをもとに財産分与はこうしましょう、子供の面会はこうしましょうとの取り決め交渉段階です。

 

が、手続きを始めてからすでに半年以上も経過しており、家の価値が高騰。

先方から家の価値の再査定を要求されています。

こっちからすれば別に私が手続きを引き延ばしていたわけでもなく、しかも向こうが家を出てから養育費以外の費用は一切もらってないのに、とても理不尽に感じますが、家が共同名義になっているため、向こうが頑として言い張ると私は確実に負けるそうです。

 

私自身、11月に見積もった査定でも高いと思っている(家は20年近く改築していないのでボロボロです)ので、これ以上価格を上げるなんて、と思っていますが、マーケットが高騰しているので私の立場はかなり弱いです。

 

家を頑張って残しても経済的には厳しくなるのできっと改築もできずこの古いままの家でしばらく暮らすことになります。

逆にもし家が高く売れたとしたらもう少し二人の生活にあったサイズのマンションを買うこともできます。

 

ただし、家を売ったら当然娘は友達と離れ、学校も転校することになるでしょう。

だから私は出来るだけ家を守りたいと思っています。

父親として娘から家を奪うことに対して罪悪感を感じないというのであれば、私は理解に苦しみます。

正直、彼自身は金額にそんなにこだわっておらず(私からすれば彼には十分な金額を提示してるつもりなので)、弁護士が強引に進めているだけかも、と少し信じていただけにここに来て交渉が停滞することにかなりショックを隠せません。

(というか、ここまで来てまだ信じていた私はバカなのか・・・)

 

離婚手続きって、本当にこれでよかったのかなという迷いを断ち切る最後の儀式のような気がします。

どんどん人間のきれいでない部分がむき出しになって(自分も含めて)、ああ、やっぱり別れて良かったって思わずにはいられません。

 

本当に早く終わってほしいです。

 

 

 

 

 

最近遅ればせながらFacebookにハマっています。

といっても自分からの発信ではなく、グループの情報。


自分の趣味のグループに登録すると良い情報が来るわ来るわ。


ついつい見続けてしまいます。



断捨離必要だな。。。

ワクチン2回目を摂取しました。


1回目にアストラゼネカを摂取した人は特に別のワクチンを2回目に摂取した方がいいとのことで、今回はモデルナです。


注射してくれた人がとても上手くて(毎日打ってるからきっと上手くなるのでしょうね。1回目もとても上手かった。)、全く痛みはありませんでした。


2日目、異様に腕が痛く手が全く動かせません。

でも熱はなく普通に出社。

昼前、クーラーがやけに寒く感じました。

設定温度は22度。

誰だこんな低く設定したのはと思いながら午後の仕事。

悪寒が収まらず、頭もズキズキする。

上司に言うと帰りなさいと言われたので早退。


家に帰った途端熱が急上昇。

でも1時間で平熱に戻りました。


まだ体がだるく辛いです。


ふと思ったのですが、接種で副作用が出るという事は今までコロナに感染してないということなのでしょうか。

健康に絶対の自信があった私。絶対キャリアーになっていると思っていました。


もうそろそろ無理せず年相応な食生活や睡眠生活を心がけないといけないなあ。

ものを捨てて、シンプルライフを目指していくうちに気付きがありました。


もう20年ほど前に訪れたインド。

以来私はインドに魅せられています。

いつか必ずまた行きたいと思っています。


私は人に比べて物欲がなく、人から見るとケチだとかお金がないとか、変わり者だとか思われて来ました。


時にはそんな世間体に踊らされて大して必要でないものを増やして行くこともありました。


私の父は真逆の人でした。

人が羨むような車や時計を不必要に身につけて自分を大きく見せる人でした。

私は小さい頃からそれが理解出来ず冷めた目で見ていたのを覚えています。

だからブランドもので着飾る人が昔から嫌いでした。


インドを訪れ、貧しいながらもキラキラ輝いて生きている人たちを見て更にそう言う思いが強くなりました。


そして今ものを捨てミニマリストを目指すことで、ようやくそんな輝く人たちの想いに触れることが出来るようになって来たように思います。


今あるものに感謝する。


でもそうすることで資本主義社会に疑問を抱かずにはいられません。


製造業で働いている私。

製造業で働くことが大好きです。でもこれで良いのかと最近思い悩みます。

「環境破壊を加速する商品の創出」

「成人病の原因となるような食品の製造」


今自分がやりたいこと、出来る事は何なのだろうか。

考えています。