灯台の街へ行くなら、何か光る物を忘れずに。 -2ページ目

珊瑚が枯れ果てて砕けた純白の星粒は

長い年月を掛けて堆積し一面の砂浜となる。


海水を清浄に保つ役目を終えた

宝石達の亡骸を運ぶ波風が

遥か水平線の向こうからやってくるのを、

私の素足を撫でる水面で感じた。


白い平面が海抜マイナス20cmの高さで

永遠に続く悠久の海岸には、

寂しいことに私以外の何物も無い。


せめて、

この蒼天に座す青い光が

無色の太陽のままであったなら

生き物が残って-----


そう思ったとき、足元に波間を縫う魚影を見つけた。


相手が逃げてしまわないように、

私は息すら殺して動きを止める。

徐々に遠ざかってゆく魚影を静かに観察した。


奇妙な魚だった。

上下する事もろくにできない水位がどこまでも続く場所では、

推進する事だけしかできない身体にでもなるというのか。


尾鰭しかない、

子供が描いた絵にでも出てきそうな、

デフォルメされ過ぎた魚。


水面に映る淡色の空の陰に隠れた魚影。

追うように、私はようやく動き出そうとして…

その場で倒れてしまった。


足の感覚が無かった。


見れば、足首から先が無くなっている。

白い砂に返ってしまったみたいだ。

…もともと「珊瑚」だったから。




珊瑚礁の産卵を見たことはあるか。

暗い海の中で彼らをライトで照らすと、

桃色の極小粒が桜吹雪か桃源郷の霧のように

海水中の流れを写実する。


孵化した卵から現れるのは、

クラゲのような形をした珊瑚の幼生だ。


波に乗り、舞い降りた岩肌に根を生やし、

柔らかく透明だった身体を

自分の眷属が作り上げてきた彩色で染め上げ、

硬く鮮やかな石となるのだ。


そして朽ち果てて、

全て等しく色を失う。

私のように。


…私達のように。


…。


…身体が崩れていく事に恐怖を感じる直前で

目が覚めた。

ネットカフェの個室に敷かれた

布団のシーツの色と海岸の色が同じだった。


丁度、砂に返ろうとしていた仰向けの姿勢で

昨夜は眠ってしまったらしい。


…夢の中で、

どうして自分と珊瑚を重ねたのかを考えてみた。


「柔軟で純朴な心を以って生まれた子供達は

やがて自分を取り巻く習慣に教育され、

硬く固着した観念で社会を体現してゆくのだ」


そんな想いがあったのかもしれない。




…駄目だ。

寝起き早々哲学に耽る事ができるほど、

私の脳スペックは高くないぞ。


今日は早めに出勤しよう。