珊瑚が枯れ果てて砕けた純白の星粒は
長い年月を掛けて堆積し一面の砂浜となる。
海水を清浄に保つ役目を終えた
宝石達の亡骸を運ぶ波風が
遥か水平線の向こうからやってくるのを、
私の素足を撫でる水面で感じた。
白い平面が海抜マイナス20cmの高さで
永遠に続く悠久の海岸には、
寂しいことに私以外の何物も無い。
せめて、
この蒼天に座す青い光が
無色の太陽のままであったなら
生き物が残って-----
そう思ったとき、足元に波間を縫う魚影を見つけた。
相手が逃げてしまわないように、
私は息すら殺して動きを止める。
徐々に遠ざかってゆく魚影を静かに観察した。
奇妙な魚だった。
上下する事もろくにできない水位がどこまでも続く場所では、
推進する事だけしかできない身体にでもなるというのか。
尾鰭しかない、
子供が描いた絵にでも出てきそうな、
デフォルメされ過ぎた魚。
水面に映る淡色の空の陰に隠れた魚影。
追うように、私はようやく動き出そうとして…
その場で倒れてしまった。
足の感覚が無かった。
見れば、足首から先が無くなっている。
白い砂に返ってしまったみたいだ。
…もともと「珊瑚」だったから。
珊瑚礁の産卵を見たことはあるか。
暗い海の中で彼らをライトで照らすと、
桃色の極小粒が桜吹雪か桃源郷の霧のように
海水中の流れを写実する。
孵化した卵から現れるのは、
クラゲのような形をした珊瑚の幼生だ。
波に乗り、舞い降りた岩肌に根を生やし、
柔らかく透明だった身体を
自分の眷属が作り上げてきた彩色で染め上げ、
硬く鮮やかな石となるのだ。
そして朽ち果てて、
全て等しく色を失う。
私のように。
…私達のように。
…。
…身体が崩れていく事に恐怖を感じる直前で
目が覚めた。
ネットカフェの個室に敷かれた
布団のシーツの色と海岸の色が同じだった。
丁度、砂に返ろうとしていた仰向けの姿勢で
昨夜は眠ってしまったらしい。
…夢の中で、
どうして自分と珊瑚を重ねたのかを考えてみた。
「柔軟で純朴な心を以って生まれた子供達は
やがて自分を取り巻く習慣に教育され、
硬く固着した観念で社会を体現してゆくのだ」
そんな想いがあったのかもしれない。
…駄目だ。
寝起き早々哲学に耽る事ができるほど、
私の脳スペックは高くないぞ。
今日は早めに出勤しよう。