2015年9月4日
当社は、NSA日本ソフトウェア産業協会に入会しております。
私は、その中の経営委員会の委員になっています。
経営委員会では、宮城県への視察旅行を計画しました。
目的は、あの 3.11東日本大震災から4年が経った現在の復興状況を視察するためです。
当日は曇り空で、時折小雨のぱらつく天気模様でしたが、東北新幹線の遅れもなく、無事に仙台に到着しました。
仙台駅からは、貸し切りバスにて石巻市へ移動します。
仙台から石巻市へは、バスで約1時間15分ほどかかります。
その間、車中では、バスガイドさんから震災当時の話をお聞きしました。
バスの車中から仙台市内をみると、被災地の影は感じられませんでした。
仙台市から郊外に出て、国道4号有料道路に向かう途中から、ガイドさんからの説明が始まりました。
バスの前方に見えるこの有料道路は、一般道から数メートルの高さの盛り土のうえに作られています。
震災当時、この盛り土により、津波が阻まれたため、海岸から盛り土までの家屋は流されましたが、反対側は被害が軽減されたそうです。
また、震災当日、この有料道路の入り口ゲートが地震の影響でゲートが閉まり、車が入れない状況だったそうですが、大型トラックの運転手が体当たりでゲートを破り、後に続いた車は助かったとのことでした。
しかし、この盛り土の部分は、全部つながっているわけではなく、ところどころに生活道路とぶつかるところは橋が架けられています。そこから津波が侵入してきました。
そのため津波に流された家屋も多く、特に沢山の車が流され、この有料道路下には、大雨時に流された落ち葉が溜まるように、車の山があちらこちらに見られたとのこと。
有料道路を走っていると、キリンビールの工場が見えました。
ビール工場には、大きなタンクが15本が並んでいます。そのうち色違いの新しいタンクが4本見えました。
ガイドさんの話では、震災時には、この4本のタンクが倒れ、工場一帯にビールが散乱し、被害が出たとのこと。 (ビール工場の復興記事はこちら )
津波の脅威を感じました。
つづく