2012年3月19日
このブログのタイトルである「日々是好日」の意味を調べてみました。
今までは単に「今日一日が良い日でありますように」と、一日の無事を感謝する言葉と思っていました。
しかし、そんな単純なものでは無く、これは禅語だったのですね。
中国唐時代の雲門禅師の言葉にこの「日々是好日 」がありました。
雲門禅師はある日、大勢の弟子たちに向かって「十五日以前のことはさておき、これから十五日以後の心境を一言で述べなさい。」と尋ねた。
だが誰もすぐに返答ができずにいると雲門は自ら、即座に「日々是好日」と答えた。
この語を文字通りに解釈すれば「毎日が平安で無事の日である。」という意味であるが、単に毎日が良い日であるのでは禅的解釈にはならない。
~中略~
多くの人は「今日も一日良い日でありますように」と願い、無事を願う。
しかし現実はその願いどおりにはいかないで、雨の日、風の日があるように様々な問題が起き、悩ませられることばかりかもしれない。
どんな雨風があろうとも、日々起きる好悪の出来事があっても、この日は二度と来ない一日であり、かけがえのない一時であり、一日である。この一日を全身全霊で生きることができれば、まさに日々是好日となるのである。
好日は願って得られるものではなく、待ってかなえられるものでもない。自らの生き方に日々好日を見出し得なければならないのだ。
時の時とするときは来ない、只座して待つのではなく主体的に時を作り、充実したよき一日一日として生きていくところにこの語の真意がある。
~朝日カルチャー「禅語教室」より抜粋~
今日の日は二度と来ない。
だから今日という日を大切に、前向きに精一杯生きよ!
そういうことだったのですね。
頑張りましょう!