昨日は、久しぶりに一日に二回の稽古(剣道)の機会がありました。

午前と夜ですが、さすがに疲れて(年のせい?)今日は休養に充てています。


現在の稽古のテーマは「三無主義」。

これは、稽古で技を出すとき、「無駄な打ち」、「無理な打ち」そして「無意味な打ち」をしないで、打突をすることです。これはある稽古会で先生(剣道教士八段)からお話のあった言葉です。


剣道には「打突の機会 」というものがあります。これは、打つべき機会のことで、「相手の出頭」、「相手の技を受けたとき」、「相手の技の尽きたとき」、「相手が後がったとき」、「相手が居着いたとき」です。

この機会でないときに技を出しても、決まりません。逆に応じられて打たれてしまいます。

剣道とは、如何にしてこの機会を捉えて、相手を打突出来るかが勝負なのです。


しかしながら、これがなかなか難しい。自分は打ちたい、しかし、相手は打たれたくないし、こちらを打ちたい。特に試合では負けたくない。で、前述の「打突の機会」を無視して、無理な体制から技を出したり、打っても受けられるだけの無駄な打ちをしたり、相手を崩さないまま技を出し、相手に機会を与えてしまうという無意味な打ちを重ねる結果となります。


機会を得るには、大きく3つあります。

・待ち

・偶然

・作り


「待ち」は、相手が技を出すまで(お互いに出頭や応じ技を狙うため)、ひたすら待つ「我慢比べ」です。結構多い。近頃の試合では、お互いが慎重になり、相手の出方を伺う場面が多く、試合時間が延長で20~30分になることも多い。(試合時間は中学、高校、大学で3~4分、一般で5分です。)


「偶然」は、兎に角打って打って打ちまくるうちに当たる、とか、乱打戦で偶然当たる場合です。

小中学生や初心者の試合に多い。


3つ目が「作り」。これは「打突の機会」を自ら作り出すことです。

これが剣道の一番面白いところ、と私は思っています。

「出小手」や「出鼻面」は、相手が打とうとした「う」の瞬間を狙う技です。これを決めるためには、相手が打ってくれないとできません。では、どうやったら相手は打ってくれるのでしょうか?

それは、相手がこちらを打てば1本が取れる(つまり相手にとっては打突の機会を捉えた!)と思うからです。そこで、相手との虚々実々の駆け引きが生まれてきます。この辺りのことは長くなるので、次の機会に詳しく説明したいと思います。


で、この「三無主義」ですが、最後の「打ち」のを言葉を替えると色々応用が出来ます。例えば「出費」、無駄な出費、無理な出費、無意味な出費。とか「議論」とか「時間」、「仕事」、・・・

でも、無意味な人生だけは送りたくないものです。