ユークは車を走らせた。

30分ほど山間の道を行くと、少しずつ町が見えて来た。
タイートがユークの横顔を見ながら言った。

「ところでさ、運転免許はどうしたんだ?確かこの国では18歳からだろ?」

「そんなもの、いくらでも作れるじゃないの。」

「でも君は18歳に見えないんじゃないか?」

「ちゃんと免許証さえあれば、この国では通用するのよ。見た目なんか言い切っちゃえば大丈夫なの。女は見た目はいくらでもごまかせるのよ。ふふん。」

「ふふんって。それって犯罪じゃないのか?」

「誰が私を捕まえるの?」

「誰って・・・そりゃ警官に。」

「みくびらないでよ。そんなへましないわ。」

「あ、そう。」

「とにかくあなたはつまらない事ばっかり言ってるわね。もっと大局的になってよね。」

「はあ。大局的ね。そういうことは君に任せるよ。僕はそういうのは苦手なんだ。」

「はいはい。まあそう言うだろうと思ってたけど。」

そんなやりとりをしていた時に、ニングが起きる気配があった。

「うんん・・・」

「やっと起きたようね。」
ニングは瞳の焦点を合わせながら車内をきょろきょろ見ていた。

「大丈夫か?」

「ああ、あなたたち。」

「頭は痛くない?」


タイートは自分が怪我のためにしばらく休養していた時に、やはり飲まされた覚醒剤の痛みを思い出しながらニングを気遣った。

「ふうっ~。少し頭が痛いけど、たいした事ないわ。」

ニングはそういうと、こめかみを少し押さえるように中指で軽く叩いた。
細いニングの指先がリズムを刻むように動いた。

「ところで前から聞きたかったんだけど、君は日本語上手だね。」

「ああもちろんよ。お母さんに会う時のために勉強したのよ。」

「でもよく許してくれたね。・・・君のお父さん・・・」

「それは戦略の一つに日本を懐柔する事が含まれていたの。日本の政治家もよく父に会いに来ていたから、パーティーでは会う機会も多かったわ。だから父も日本語の勉強は、なんとか許してくれた。でも母に関する事は一切禁じられていた。」

「そうだったのか・・・それでどうしてお母さんの事を知ってたの?」

「私にはいろんな事を言う人がいるわ。父に取り入るために私に近寄って来る人もいるし。私に母の事を教えてくれた人もそのうちの一人・・・」

「そう・・・」

ニングは淋しそうに見えた。
「今の母は・・・もちろん私とは本当の親子じゃないってわかる前から、私と他の兄弟とは態度が違っていた。少しずつ大きくなるに連れて強く感じるようになっていた時、本当の母のことを聞いたの。」

「びっくりしただろう?」

「ええ。でもびっくりしたけど、それより今の母の事がわかったから。なんだかすっきりしたの。」

「そんなものか・・・」

「ええ子供の頃から不思議で仕方なかったもの。でも理由がわかったから母のこと、理解はできなかったけど見方が変わった。母もかわいそうなのかもしれないって。」

「へええ。君はとても大人なんだね。この時代の人にしては。」

「えっ、なに?この時代って?」

「いや、何でもないんだ。」

「変な人ね。」

「そうかな?」

「そうよ。」


二人の会話を聞いていたユークがピシャリとさえぎるように言った。
「あなたたちって兄弟みたいね。」

「えっ?ばかばかしい。」

「そうだよ。」
タイートとニングが同時に大声で反論した。

「そういうところもよく似てるわ。」
再びユークの指摘を受けてタイートとニングは顔を見合わせた。

「ねえ、それよりこれ、どこに向かってるの?」
ニングは車の中を見渡しながら、ユークに尋ねた。
どうやらこの二人はユークが主導権を握っていると判断したようだ。
タイートには気安い態度だがユークには1歩引いている。

そんなニングの態度にもタイートはなんら気分を害することなく、それどころかユークの態度は当然だという様子だった。

「もちろんあなたのお母さんのところよ。」

「・・・母は会ってくれるか・・・」

「そう・・・ね。だからまずあなたの妹たちに会ってみない?」

「妹?」

「ええ。あなたの妹。あなたのお母さんの娘。つまり父親は違うけどあなたの妹よ。」

「私の妹・・・」
ニングは夢見るようにつぶやいた。

「まず妹たちに会って彼女たちからお母さんに話してもらいましょう。」

「・・・」
ニングは不安そうな表情で考え込んでしまった。

「大丈夫よ。心配しなくて。」

「妹たちに母を説得することが出来る?」

「彼女たちだから出来るのよ。それにあなたと彼女たちが仲が良くなればお母さんがあなたと会うことを迷っているうちの一つが解決したということになるわ。」

「そうかもしれない・・・でも彼女たちはどう思っているのかしら・・・」

「そうね。彼女たちは素直な性格だし、ちゃんと話せばわかってくれると思うわ。それに彼女たちはお母さんの様子がおかしい事をとても心配しているから、ほんとの事を知りたがっているの。だからあなたの事がわかれば彼女達もどうすればいいか考えてくれるでしょう。」

「そうね。そうするしかないのね。」

「とにかくこここは彼女たちに頼るほうがいいと思うの。大丈夫よ。心配しなくても。」

「ええ。」



                  つづく