キーケル総司令官は、広い部屋の奥にしつらえらえた大きなテーブルの前でタイートを待っていた。

「すっかり良くなったようだね。待っていたんだよ。タイート。」

「はい。ありがとうございます。」

「さあ、こっちへ。」
そう言うとキーケル総司令官は、真っ黒な革張りのソファに座り込んだ。


タイートは妙に、にこやかなキーケル総司令官の態度が不思議だった。

タイートが知っているキーケル総司令官は、いつも苦虫を噛み潰したような表情で目つきはいつも鋭く、その前に行くと軍の幹部でさえ身体が硬直すると言われていた。

ましてタイートは、特別攻撃隊の隊長に抜擢されたとはいえ1兵士に過ぎないのだ。
キーケル総司令官が一兵士に会うなど、考えられない事だった。

そしてそのキーケル総司令官は笑っている。
全く似つかわしくない笑顔だったが。


キーケル総司令官は、ゆったりとソファに沈み込んだ。
タイートはキーケル総司令官の前で直立のまま、立ちすくんでいた。

「いいんだよ。そんなに硬くならずに。こっちに座りなさい。」
そう言うと向かい合ったソファを見た。

「失礼します。」

タイートはソファに腰を下ろした。
おそらく今までキーケル総司令官と、向かい合って話をした者はほとんどいなかっただろう。


「どうだね。足の具合は?」

タイートは、緊張して硬くなっていた。

「はい。もうすっかり良くなりました。これからはエルンゼのためにこの身をかけて戦います。」

「ふむ。君の気持ちは良くわかった。そこで一つ指令がある。」

「はい。なんなりとお申しつけ下さい。」

「君に重大な仕事をしてもらいたい。」

「はい。」

「君もよくわかっているように、このままではエルンゼの敗戦は目にみえている。そこで一つしてもらいたい事がある。君には過去へ飛んでもらいたい。」

「は?過去ですか?」

「そうだ。過去と言っても君が昨日までいた日本、東京だ。ただし2003年だ。」

「はあ・・・東京ですか・・・」

「そうだ。東京で君にある人物に接触してもらいたい。」

「ある人物?それは誰でしょうか?」

「アジアの国の一つで、ウゴルータという小さな国の大統領の娘が東京にいる。その娘に会う事がまず一
つ。それから・・・その娘に父親の大統領を説得させる事。それが二つ目。説得させる内容についてはユークから詳しく説明がある。」

「はい。」

「よいか。これには国の命運がかかっている。失敗は許されない。」

「はい。でも私でいいのでしょうか?」

「いいかね。タイート。私は君に期待しているんだよ。頼む。エルンゼのために。」

「はい。わかりました。総司令官のご期待に添えるように頑張ります。」

「うむ。期待しているよ。」

その時、総司令官室のドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。」
タイートにも聞き覚えのある声が聞こえた。

「入りなさい。」

ドアを開けて入って来たのは美しい少女だった。

「ユーク。」

「タイート隊長、もうすっかり覚醒したようですね。」

「ええ。」

ユークは、キーケル総司令官に軽く会釈をすると悠然と微笑んだ。
なぜかユークはキーケル総司令官の前でも余裕さえ感じられる態度だった。

「ユーク。準備は出来ているかね?」

「はい。全ての準備は完了しました。」

「よし。それでは、タイート。早速東京へ行ってもらおう。だがその前にユーク、少しタイートに説明してやってくれ。」

「はい。承知しております。」

「では。タイート。君からの良い知らせを待っているよ。」

二人は総司令官室を辞去した。



                 つづく