「残酷?どうして・・・」

「息子同士がひとつの事故の加害者と、そのアリバイの嘘を証明する立場という関係になってしまった事です。」

「菱友さんの息子と父の事ですか?」

「はい、そうです。」

「それってどういう事なんですか?」

「今から50年ほど昔、会長と絹子さんは将来を誓い合った恋人同士でした。」

「さっき言ってた身を隠した恋人・・・」

「そうです。」

「どうしておばあちゃんはそんな事に・・・」

「それは奥様が原因でしょう。会長の事は先代が気に入って婿にしようとしたのですが、奥様も会長との結婚を望んでいたのです。
ですが会長には既に恋人がいた。
それを知った奥様は勝ち気な方ですから、会長の恋人だった絹子さんの事が許せなかったのでしょう。
それで絹子さんに直接身を引くように迫ったのです。」

「ひどい。」

「絹子さんに会長が自分と一緒になれば、会社を自由にできる。男の出世を邪魔するのかと迫ったそうです。それを聞いた絹子さんは、自ら姿を消す覚悟をしたのです。」

葉子はその時の祖母の気持ちを思うと、かわいそうでならなかった。
「おばあちゃん・・・・・・その時父がお腹にいたんですね。」

「ええ。でも絹子さんは奥様の気性の激しさもあったでしょうが、会長の事を思われたのでしょう。
身ごもっている事を黙って、会長の前からいなくなってしまったのです。1枚の書き置きだけを残して・・・」

「そんな・・・」

「お父様は紀本家に養子に入られたんですね?」

「はい。そうです。母が一人娘だった事もあって父は迷っていたのですが、祖母が家の事より好きな人と結婚するようにと言ったそうです。
たぶん祖母は父に自分と同じ悲しい思いをさせたくなかったんですね。
父と母が結婚して間もなく祖母は病気で死んでしまったそうです。
私も写真でしか知りません。

祖母は自分が好きな人一緒になれなかったから、父に同じ思いをさせたくんかったんですね。」

「そうですか・・・」

「だけどその息子同士があの事故に関係してしまうなんて・・・皮肉すぎるな。」
柴田と葉子の話を聞いていた田村が、息を吐くようにつぶやいた。

「なんて事・・・」

「奥様もさすがに絹子さんの息子さんとは気付かなかった。名前が違っていましたからね。」

「あの、それで会長はいつ紀本さんの事を知ったんですか?」

「会長がお知りになったのはごく最近の事なのです。」

「えっ!息子の事故の時は知らなかったって言うんですか?」

「はい、その通りです。」

「そんな、ばかな・・・」

「あの事故の時は会長はとても多忙でした。グループの成長期でしたから国内はおろか海外にも度々行っておられました。それに奥様が事故の細かい事については会長の耳に入れる事を避けられたのです。会長が知っていたらあんなアリバイ工作などされなかったでしょう。」

「じゃあ瀬津さんが一人でやったっていうんですか?」

「ええ。」

「じゃあ会長はなぜ今頃事故の真相を知ったんですか?」

「実は当時の目撃者として証言した一人がお金の無心に会長を訪ねたからです。その時に会長は真相を知られたのです。」

「そんな事信じられません。」

「でも本当の事なのです。その証言者が経営する事業が立ち行かなくなって多額のお金が必要になり会長のもとに連絡をしてきたのがきっかけでした。そして会長は全てを知られました。会長は事故の事を詳しく調べたのです。
そして紀本さんの事もその時にわかりました。葉子さんのご両親とお兄さんの不慮の事故を知られ、葉子さんに申し訳ないとおっしゃっていました。」

二人の話をじっと聞いていた田村が聞いた。
「それで会長はいつ葉子ちゃんが孫だとわかったんですか?」

「それはさっきも申し上げたように証言者からの話を聞かれて、宗孝さんの事故の事をお知りになり、その時奥様が偽のアリバイ工作をされた事がわかりました。それで紀本さんのご家族の事がわかったのです。
あの時・・・調査会社からの報告書を読まれていた時、会長の手が止まりました。
会長はその時初めて葉子さんの写真を見られたのです。」

「私のですか?」

「ええ。そうです。その写真を見た時に会長はとても驚かれました。私も傍にいたのですが普段の会長には珍しいほど緊張されて、その様子は異常なほどで・・・会長の報告書を持つ手が震えていました。
そして、こう呟かれたのです。
-絹子・・・-と。」


                   つづく