「あなたには怖い思いをさせてしまって、気の毒な事をしたと思っています。」
柴田は、葉子に向かって頭を下げた。

「あの・・・」

その時軽いノックの音がして、さっきの青年が入って来た。
手には人数分のティーセットを抱えている。

青年はテーブルの上にお茶を置くと、柴田の傍らで好奇心に満ちた顔つきで葉子たちをみつめていた。
そのうちに待ちきれなくなったのか、柴田に向かって語りかけた。

「あの、先生。僕も聞いていていいですか?」

「ふむ、いいだろう。これからの柴田弁護士事務所はおまえの肩にかかっているんだからね。」

「はい。頑張ります。」

「とりあえず今度の司法試験だな。」

「はい。今猛勉強中ですよ。」

二人を見ていた、田村が声をかけた。
「あのこちらの青年は、ひょっとするとお孫さんですか?」

「これは、大変失礼しました。孫の慶介です。」
ベテラン弁護士といった風情の柴田弁護士だが、さすがに孫には勝てないのだろう。
言葉のはしばしに、優しさが感じられる。

田村が慶介に話しかけた。
「慶介君は弁護士に?」

「はい。そのつもりです。」

「そうですか。そりゃ、柴田さんもお楽しみですね。」

「ええ。この子には期待しています。もう私も若くない。早く慶介にここを任せたいと思っているんですがいつになる事やら。ははは。」

「おじいさん、大丈夫ですよ。僕はけっこう優秀なんです。自分で言うくらいですから。あはは。」

「なんていうやつだ。あはは。」

祖父と孫の間で交わされた会話は、今回の事件など無関係のように明るかった。
慶介の話題で少し和んだ空気の中、田村が話を切り出した。

「柴田さん、今度の事には何か・・・人の意志のようなものを感じるんですが・・・」

「意志?ですか・・・」

「ええ、菱友宗一という男の。」
田村は、柴田の方を見て言った。

「柴田さん、会長はこうなる事は予測していたんではないんですか?」

「気づかれましたか。田村さんのおっしゃるとおりです。今度の一連の事は会長のほぼ考えたとおりと言ってもいいでしょう。」

「やはり・・・そうでしたか。」

「え、どういう事なんですか?」

葉子は目の前で交わされる、田村と柴田の会話にまったくついていけなかった。

田村は柴田に厳しい表情で話し始めた。
「柴田さん、会長は本当に、葉子ちゃんに財産を譲るつもりはあったんですか?」

「ええ、それはもちろんです。」

「しかし会長ほどの人なら、こうなる事はわかっていたはずです。そんな遺言状を残せば奥さんの性格から言って、葉子ちゃんの身に危険が迫るという事くらいの事は。」

葉子はクルーザーでの狂気に満ちた瀬津の様子を安永こと、雪ちゃんから詳しく聞いていた。
命を狙われた葉子にすれば納得できる話ではなかった。
加えて今度の事件では、3人が命を落としている事も気になっていた。

しかし葉子は話そうとして、どうしても圭吾の事に話が及ぶ事を予想し慶介の手前言いよどんだ。
柴田はそれに気づいた。
「慶介、お前はあちらのお客様のお相手をしてくれ。」

「でも・・・わかりました。」
慶介はおとなしく部屋を出て行った。

「ほかにお客ですか?」
田村が不思議そうに言った。

「ええ。今お待ちいただいています。」

「いいんですか?」

「大丈夫です。待っていただけるよう事前に了解していただいていますので。」

「そうですか・・・」

葉子が待ちきれなくなったように切り出した。
「柴田さん、私とっても気になっている事があります。」

「何でしょうか?」

「息子さんの事です。」

「圭吾・・・」
「今度の事ではもちろん私もとっても怖い思いをしました。でもやっぱり3人もの命を失ってしまった事は悲しい事です。お話を聞いていると、柴田さんは全部知っていたんですよね?」

「ええ。」

「じゃあどうして息子さんを止めなかったんですか?」

柴田は、何も答えなかった。

「柴田さん・・・」


                つづく