あるシティホテルの一室に、二人の男女がいた。
少し汗ばんだ身体に、シーツの感触が心地よかった。

男はタバコをくわえたまま、天井を見つめていた。
女はシーツを胸まで上げると、乱れた髪をかき上げた手を男の胸に置いた。

「ねえ。あの子、やっぱり殺すの?」

「さあ、それは僕の決める事じゃないから・・・」

「まあね。でもやっぱりあんな子に10億円も持っていかれるのは嫌だわ。」

「そうでしょうね。でも僕には関係ない事だ。」

「ふん、あなたって昔からそうね。自分には何の関係もないところで見物して、心の中じゃ私たちを笑ってた。」

「そんな事ないさ。」

「そうよ。宗孝と私があの事故で大変な時も、結局あなたは何もしてくれなかった。」

「当たり前でしょう。もともとあの事故はあなたが起こしたんだ。それを・・・」

「しょうがないじゃない。私が起こした事故だってお母様が知ったら、あんなにちゃんと始末してくれなかった。宗孝が起こしたと思って完璧にアリバイを仕立ててくれたのよ。」

「あの人は愚かな親ばかだからね。」

「それにしてもどうしてお父様はあんな遺言を残したのかしら・・・」

「さすがの会長も歳をとって弱気になったんでしょう。」

「ほんとにしくじったわね。あの時のアリバイ証人に仕立てた男がお父様に泣きつくなんて。」

「ガソリンスタンドの経営が傾いた。経営を立て直すには少しぐらいの金じゃどうにもならない。大金を手に入れるには会長を脅す方がいいと思ったんでしょう。」

「とにかくあの子には1円も渡す気はないのよ。わたしたち。」

「わかっていますよ。」
そう言うと男はタバコを灰皿に押し付けると、ベッドから出た。

「もう?」

「ええ。僕はあなたと違って働かなきゃいけないんでね。これで結構忙しいんです。」
男はそう言うとバスルームへ消えた。
やがて聞こえて来たシャワーの音を聞きながら、女は唇の端で笑った。

「ふっ。つまんない男。」
そう言うと女は身体の向きをだるそうに変えると、窓の外に広がる都会の光の渦を見つめながらシーツの中で足を泳がせた。


葉子のもとに弁護士の柴田から連絡が入ったのは3日後の事だった。

「紀本葉子さんですね。」

「はい、そうですが。」

「私、柴田弁護士事務所の柴田圭吾と申します。」

電話の声は40過ぎだろうか・・・
確か菱友の息子と年齢は変わらないはずだ。

「ああ、若先生・・・」

「ははっ。もう若くはないですがね。ところで、父に会われたそうですね。」

「はい、先日お会いしました。それで今日は何でしょうか?」

「遺産の事で宗孝氏がお会いしたいと要望されていまして、お時間を作っていただきたいのです。」

「私はいつでもかまいませんが・・・」

「それでは、明日9時にお宅へお迎えに参ります。ただし大金がからみますのでくれぐれも他言なさらないようにお願いします。」

「はい、わかりました。」
電話の向こうの柴田の声は職業柄なのか、冷たく感情のこもらないものだった。


翌日時間ぴったりに、葉子のマンションのチャイムが鳴った。
ドアを開けると、縁なし眼鏡をかけた細身の男が立っていた。

「紀本葉子さんですね?柴田です。それでは菱友が待っています。どうぞ。」
柴田は眼鏡に軽く指を添えながら値踏みをするかのように一瞬見たが、すぐに顔を伏せるように歩き出した。


マンションの前には車はなく、少し歩いた橋の手前にとめてあった。
二人が乗り込むと、柴田の運転で白い高級国産車は静かに夜の町を進んだ。

「あの、どこまで行くんですか?」

「葉山に別荘がありましてね。そこで菱友がお待ちしています。」

「そうですか・・・」

車は夜の道を走り続け、1時間以上経ってやがて静かな別荘地に入って行った。
おしゃれな洋館が点々と並んでいる。
少し登り坂になった道をさらに進むと、広大な敷地の中に一際大きな洋館が姿を現した。


柴田は門を潜り、ポーチの前に車をとめた。
すると車の音を聞きつけたのか大きなドアが開いた。


               つづく