「おばあちゃん、どうしても教えてほしいの。父と母の事故には秘密があるんでしょう?」

「えっ・・・」

「お願いです。これは大切な事なの。実はこの間私、車で轢かれそうになったの。遺産の事と、父と母の事故って何か関係があるかもしれないの。だからどうしても教えてほしいの。」

「そう・・・しかたないわね。私があなたのお父さんから聞いた話よ。もう10年以上前になるかしら・・・
6月の蒸し暑い夜だったって。
隆志君がお父さんに言われてお使いに行った時に、止まっていた外車に隆志君の自転車が当たって傷をつけちゃったんですって。
それでその車に乗っていたのが、菱友の息子だったの。
その息子が家に来て散々嫌な事言って帰って行ったんだけど、同じ日にすぐ近くで轢き逃げ事故があったの。

目撃者の話で名前は忘れたけど、犯人が外車に乗っていた事がわかったの。
それに被害者の人の身体についていたペンキからも色が特定されて、菱友の息子も容疑者の一人として調べられた。
でも菱友の息子は当日違う場所にいたと供述して、証言してくれる人も何人もいたの。」

「でもその日、兄さんが菱友の息子の車に・・・」

「そうよ。それで息子は親に泣きついた。菱友が嘘のアリバイを作ったのよ。もちろん、お金の力でね。でも博史たちはそれが嘘だってわかってた。
菱友はお金を持って頼みに来たそうよ。
黙っていてくれって・・・
最初は博史も突っぱねた。
すると菱友は博史の勤め先の会社に圧力をかけた。
こんな小さな会社の一つや二つ潰すのは菱友にとって簡単な事だって博史を脅したって。

博史は早くに父親を亡くしててね。
その時博史が勤めていた会社の社長さんが親代わりになっていろいろ面倒をみてくれたんですって。
その社長からある日言われたそうよ。

-私は嘘をついてくれって言ってるんじゃないんだ。ただ黙っていてくれればいいんだ。君が何もしなければそれでいいんだ。このまま黙っていてくれれば、会社は助かるんだ。わかってくれるだろう。
こう言っちゃなんだが、私は君の事を実の息子だと思ってるんだ。君も私の事を父親だと思っていると言ってくれたじゃないか。頼むよ。父親を助けると思って。-

社長は土下座して頼んだそうよ。
お世話になった社長に頼まれて、博史は断れなかったのよ。だから黙ってるしかなかった。」

「ひどい事を。弱みにつけこんだのね。」

「ええ、菱友の使いが言ったそうよ。-あなたは黙っていればいいんですよ。それだけなんですから、簡単でしょう。それだけで大金が手に入るんですよ-って」

「そうだったんですか・・・」

「博史は結局お金は受け取らなかった。でも黙っている事でずっと博史の心の中に大きなわだかまりが残ってしまったって言ってたわ。ずっと苦しんでいた博史はあの時警察に行こうとしていたのよ。」

「えっ、あの時って?」

「あの交通事故の時よ。二人が亡くなった、あの日よ。」

「あの時、父さんと母さんは二人で出かけて行ったんです。あの時、兄は家にいなかった。」

「そう。隆志君はあの頃グレててあんまり家に帰って来なくなってた・・・隆志君には菱友の事は内緒にしてたけど、でもやっぱりなんとなくわかってしまったのね。でも博史の会社の事で、脅されていた事は知らなかった。
博史も隆志君に口どめをしていたから子供心に博史への不信感を持つ事になって・・・
結局二人の間に大きな溝ができてしまった。博史も隆志君も苦しんだのよ。」

「兄が父に反抗的だった事は覚えています。でもそんな事があったなんて・・・」

「博史は全てを話そうとしてたのよ。隆志君の為にも真実を明らかにしようとしたのよ。でもその途中であんな事に・・・それを隆志君が知って、警察に行ったけど取り合ってくれなくて。隆志君は菱友にも行ったんだけど逆に菱友の息子の代理だっていう弁護士に追い返されたって。」


-「紀本君だったね。何の用かな?」

「菱友さんは覚えていると思います。僕の事を。」

「さあ、どうかな。」

「僕はあの時まだ子供だったけど、あの時の事はよく覚えています。菱友の車に僕が傷をつけてしまって。あの時菱友は僕の家に怒鳴り込んで来ました。」

「へええ。」

「あの日、うちの近くで轢き逃げ事故があった事も知らないっていうんですか?
菱友が起こした事故です。」

「君が言っているのがどんな事故か知らないけど、君が子供だったんならもうずいぶん昔の事だろう。
そんな前の事今頃騒ぎたてても無駄だよ。それにたぶんその事故の時菱友は違う所にいたと思うよ。
アリバイっていうやつだよ。それとも君は何か証拠でも持っているのかい?」

「証拠は・・・無いけど、僕が証人です。」

「世間が認めるかな?菱友の父親は日本でも指折りの財界人なんだ。菱友とどこの馬の骨ともわからない君とどっちの言う事を世間が信じるかな。いくら世間知らずの君でもわかるだろう。」

「・・・」

「君が騒ぎたてると、ご両親にも傷がつくんじゃないかな・・・」

「どういう意味ですか?」

「いや、そういえば昔菱友から聞いたんだが。紀本って人が無心に来てたんじゃなかったかなと思ってね。」

「まさか・・・親父がゆすったって言うんですか?」

「さあどうかな。僕は事故自体知らないんだからね。君の親にゆすられる事はないだろうから、貧乏のせいで金が欲しかったんじゃないの?ははは・・・・・」-


その弁護士は端正な顔に冷酷な笑みを浮かべ眼鏡の奥から隆志を見て笑った。



              つづく