「ああ~疲れた。ええ~もうこんな時間になっちゃった。早く帰ろうっと。」
葉子は退社前に急に課長から急ぎの仕事を命じられてしまい残業していた。

自宅近くの駅に着いた時には、もう10時を過ぎていた。
すっかり人通りの少なくなった商店街を抜けて住宅街にさしかかった時だった。

前方から1台の車が見えた。
車は住宅街だというのにけっこうスピードを出していた。

何気なく見ていると、その車はまっすぐ葉子に向かって来るように見えた。
葉子は道路の端に寄ったが、車は尚も葉子に向かって来る。
葉子は道路沿いの壁に身体をくっつけるようして、車を避けようとした。
しかし車は車体を道路の端にこすりつけるようにして、向かって来る。

葉子は、危険を感じて走った。
もうここまでと思った時に、ちょうど壁の途切れている所があった。

葉子はその隙間に飛び込んだ。
間一髪、車が通り過ぎていった。
葉子は家と家の間の隙間に飛び込んだのだった。
車は葉子をかすめるようにして、通り過ぎて行った。

葉子は立ちあがり、落ちているバッグを拾った。
幸いにも右足の膝を少しすりむいただけで済んだ。
しかしショックのために、葉子は呆然と立ちすくんだ。

今殺されようとしたのだ。
危うく危険は避けたが、間一髪のところだった。
葉子は今まで感じた事のない恐怖に足が震えていた。


「ええっ!ほんとか?」

「こんな事、嘘言ったってしようがないじゃない。」

「そうか。そうだな。」

「私命を狙われたのよ。」

「気のせいじゃないのか?」

「絶対違うわよ。私は殺されるところだったのよ。」

「狙われた原因に思い当たる事って、やっぱり10億かな・・・」

「それしか考えられない。」

「そうだな~」

「それにおばあちゃんの様子も変だったし・・・」

「えっ?どういうふうに変だったんだ?」

「なにか秘密があるみたいなのよ。それも兄が関係しているみたいなの。」

「亡くなったお兄さんが?」

「うん。」

「そうか・・・それでこれからどうするんだ?」

「うん・・・お兄さんの恋人だった律子さんに、会ってみようと思ってるの。」

「恋人って・・・きれいな人だって言ってたよな・・・」

「何よ、それ。私がきれいじゃないって言いたいわけ?」

「い、いや。そうじゃないよ。」

「そりゃ確かに律子さんは美人だけど。」

「いいなあ。俺もついて行こうか?」

「いいわよ。律子さん、びっくりしちゃうし。」

「残念だな~」


こうして葉子は兄、隆志の恋人だった律子に会いに行く事になった。
律子はすでに結婚しており1歳になる女の子がいた。

「葉子ちゃん、久しぶりね。もう何年たつかしら。」

「兄の3回忌の時以来ですからもう3年です。」

「そうね。隆志さんが亡くなってから、もう5年も経ったのね。」

「律子さん、幸せそうで安心しました。」

「ありがとう。葉子ちゃんもすっかり立派になって。」

「はい。私25歳になりました。」

「そう・・・葉子ちゃんが25歳なんて。隆志さんがいたら喜んでいたでしょうね・・・」

「はい。」

「隆志さんはずっと葉子ちゃんの事、気にかけてたから。隆志さん、いつも葉子には幸せになってほしいって言ってたわ。」

「そうですか・・・兄がそんな事を・・・」

「ええ。俺のせいで葉子にはかわいそうな事をしたって。」

「・・・それ、どういう事ですか?」

「隆志さん、よく言ってたわ。ご両親の事故の事も自分のせいだって。だから俺が葉子の面倒をみるのは罪ほろぼしなんだって言ってた。」

「そんな・・・じゃあ父と母の事故に、秘密があるって事ですか?」

「あのね、葉子ちゃんに渡したい物があるの。隆志さんが事故にあった後、遺品の整理を手伝いに行った時葉子ちゃんには内緒で預かって帰ったの。ごめんなさい。」

「えっ?」

「私あの時葉子ちゃんに渡すのをためらったの。でも今日がいい機会だと思うの。」

そう言うと、律子は奥の部屋から1通の封筒を持って来た。
封筒の中には1枚の切り取られた新聞記事が入っていた。

-○○市で9日に発見され、意識不明の重体だった会社員、中田公一さんが19日午後、脳挫傷で死亡した。一方県警○○署は現場近くを白のスポーツカーが走り去って行ったという目撃情報をもとに該当する乗用車を捜索している。-というものだった。

「これってどういう意味かしら?」

「私にもよくわからないけど、隆志さんから聞いた事があるの。」



-「これが俺達の家族を壊したんだ。これが無かったら今でもみんな幸せに暮らしてたんだ。」

「どういう事?」

「でも俺があんなやつにかかわらなければ・・・俺が・・・おれのせいなんだ。」

「隆志さん。」-



「兄がそんな事を・・・でもこの新聞記事と兄にどんな関係があったの?」

「私にもそれ以上は教えてくれなかった。でも隆志さんが何か責任を感じてたのは、私も前々から感じてたわ。」

「そうですか・・・」


葉子は穏やかだった兄の心の奥に何があったのか、知らなければいけないと思った。



                   つづく