日曜日の午後2時に、葉子は世田谷にある菱友家を訪れた。
菱友家は閑静な住宅街にあった。
大きな家が立ち並んでいる中でも、一際立派な白い瀟洒な洋館が菱友家だった。
門の前のインターホンを押すと手伝いの女性だろう。
「いらっしゃいませ。お待ち下さいませ。」
声が聞こえたかと思うと、大きな門が音もなく開いた。
門をくぐり玄関までの道には、両脇に色とりどりの草花が咲いている。
少しカーブしたスロープをたどると、洋館が目の前に迫って来た。
葉子がドアの前に立つと同時に、大きなドアが開けられた。
手伝いの女性がドアの脇に立ち、出迎えてくれた。
「奥様がお待ちでございます。どうぞ。」
1歩入ると広いホールのような玄関にはシャンデリアが下がり、大理石の床はずっと奥まで続いている。案内されたところは日差しが柔らかく注ぐ、少し丸みをおびた美しい部屋だった。
右手の壁にはアンティークの家具が品良く並べられ、その中には高価そうな食器やグラスが飾られていた。
葉子が部屋に入ると、白髪の上品そうな老婦人が涼しげな笑顔で葉子を迎えた。
「いらっしゃい。ようこそ。」
「はじめまして。紀本葉子です。本日はお忙しいところをありがとうございます。」
「はじめまして。わたくし菱友瀬津です。今日はようこそいらっしゃってくださったわね。堅いご挨拶は無しにして。さあ、お座りくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」
「わたくし、葉子さんにお会いできるのを楽しみにしていましたのよ。でもなんだか妙なんだけど、あなたに以前お会いした事、あったかしら?」
「あの・・・」
「あら、ごめんなさい。そんな事ないわよね。ほほほ・・・。わたくしばっかり、おしゃべりしてしまってごめんなさい。なあに?遠慮なさらずに何でもおっしゃって。」
「はい。実は先日柴田さんからうかがったんですが、遺産の事で・・・」
「ああ、その事でしたわね。無くなった主人があなたに少しお渡しするようにと遺言を残しましたの。わたくしたちも葉子さんに受け取っていただきたいと思っています。」
「でもどうしてそんな大金を私に?」
「それはわかりませんわ。でもそれが主人の遺志ですもの。遠慮なく受けていただきたいの。」
「はあ・・・」
その時部屋に中年の男女が入ってきた。
「お母さん、どなたですか?」
「あら、宗孝。摩椰さんもご一緒なのね。いらっしゃい。こちらのお嬢さんは紀本葉子さんよ。」
「ああ、例の・・・」
宗孝は背が高く、浅黒い顔は端正なものだった。
しかも一部の隙もない服装で魅力的ではあったが、どこか頼りなげだった。
摩椰は昔は美しかっただろうと思わせるが、濃い化粧を施した顔はかえってやつれた印象さえ感じる女性だった。
摩椰は瀬津の言葉に一瞬、少し不愉快そうに葉子を見た。
「やあ、よろしく。息子の宗孝です。」
「お邪魔してすいません。紀本葉子です。」
「妻の摩椰です。よろしくね。」
摩椰はにっこり微笑んだが、その目は笑っていなかった。
摩椰の美しい笑顔には、明らかに歓迎していない事が現れていた。
整った顔だちだけに、嫌悪感が余計に目立つのだった。
「しかし、おやじもまったく変な遺言残して・・・困ったもんだ。」
「宗孝、おやめなさい。」
「いいじゃありませんの。この方にとっては、宝くじに当たったようなものですわ。一生働いても手に入らない10億円もの大金をもらえるんですもの。でも本当に不思議。お父様がどうしてこの人に、そんな遺言を残したか家族の誰も知らないなんて。」
「摩椰。もう・・・」
「だって本当の事ですわ。」
「二人とも、もうその話はおやめなさい。」
摩椰は葉子を値踏みするようにじろっと見つめた。
葉子は摩椰の態度に、怒りが込みあげて来た。
「私これで失礼ます。」
「あら、もう?ゆっくりしてくださればよろしいのに。」
「すいません。この後用事がありますので。」
葉子は瀬津が引きとめてくれるのを断って、菱友家を辞去した。
つづく
菱友家は閑静な住宅街にあった。
大きな家が立ち並んでいる中でも、一際立派な白い瀟洒な洋館が菱友家だった。
門の前のインターホンを押すと手伝いの女性だろう。
「いらっしゃいませ。お待ち下さいませ。」
声が聞こえたかと思うと、大きな門が音もなく開いた。
門をくぐり玄関までの道には、両脇に色とりどりの草花が咲いている。
少しカーブしたスロープをたどると、洋館が目の前に迫って来た。
葉子がドアの前に立つと同時に、大きなドアが開けられた。
手伝いの女性がドアの脇に立ち、出迎えてくれた。
「奥様がお待ちでございます。どうぞ。」
1歩入ると広いホールのような玄関にはシャンデリアが下がり、大理石の床はずっと奥まで続いている。案内されたところは日差しが柔らかく注ぐ、少し丸みをおびた美しい部屋だった。
右手の壁にはアンティークの家具が品良く並べられ、その中には高価そうな食器やグラスが飾られていた。
葉子が部屋に入ると、白髪の上品そうな老婦人が涼しげな笑顔で葉子を迎えた。
「いらっしゃい。ようこそ。」
「はじめまして。紀本葉子です。本日はお忙しいところをありがとうございます。」
「はじめまして。わたくし菱友瀬津です。今日はようこそいらっしゃってくださったわね。堅いご挨拶は無しにして。さあ、お座りくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」
「わたくし、葉子さんにお会いできるのを楽しみにしていましたのよ。でもなんだか妙なんだけど、あなたに以前お会いした事、あったかしら?」
「あの・・・」
「あら、ごめんなさい。そんな事ないわよね。ほほほ・・・。わたくしばっかり、おしゃべりしてしまってごめんなさい。なあに?遠慮なさらずに何でもおっしゃって。」
「はい。実は先日柴田さんからうかがったんですが、遺産の事で・・・」
「ああ、その事でしたわね。無くなった主人があなたに少しお渡しするようにと遺言を残しましたの。わたくしたちも葉子さんに受け取っていただきたいと思っています。」
「でもどうしてそんな大金を私に?」
「それはわかりませんわ。でもそれが主人の遺志ですもの。遠慮なく受けていただきたいの。」
「はあ・・・」
その時部屋に中年の男女が入ってきた。
「お母さん、どなたですか?」
「あら、宗孝。摩椰さんもご一緒なのね。いらっしゃい。こちらのお嬢さんは紀本葉子さんよ。」
「ああ、例の・・・」
宗孝は背が高く、浅黒い顔は端正なものだった。
しかも一部の隙もない服装で魅力的ではあったが、どこか頼りなげだった。
摩椰は昔は美しかっただろうと思わせるが、濃い化粧を施した顔はかえってやつれた印象さえ感じる女性だった。
摩椰は瀬津の言葉に一瞬、少し不愉快そうに葉子を見た。
「やあ、よろしく。息子の宗孝です。」
「お邪魔してすいません。紀本葉子です。」
「妻の摩椰です。よろしくね。」
摩椰はにっこり微笑んだが、その目は笑っていなかった。
摩椰の美しい笑顔には、明らかに歓迎していない事が現れていた。
整った顔だちだけに、嫌悪感が余計に目立つのだった。
「しかし、おやじもまったく変な遺言残して・・・困ったもんだ。」
「宗孝、おやめなさい。」
「いいじゃありませんの。この方にとっては、宝くじに当たったようなものですわ。一生働いても手に入らない10億円もの大金をもらえるんですもの。でも本当に不思議。お父様がどうしてこの人に、そんな遺言を残したか家族の誰も知らないなんて。」
「摩椰。もう・・・」
「だって本当の事ですわ。」
「二人とも、もうその話はおやめなさい。」
摩椰は葉子を値踏みするようにじろっと見つめた。
葉子は摩椰の態度に、怒りが込みあげて来た。
「私これで失礼ます。」
「あら、もう?ゆっくりしてくださればよろしいのに。」
「すいません。この後用事がありますので。」
葉子は瀬津が引きとめてくれるのを断って、菱友家を辞去した。
つづく