柴田弁護士事務所は、都心の駅前のきれいなビルにあった。
エレベーターを降りると、重厚な木のドアに白いプレートに『柴田弁護士事務所』と書いた表札があった。
葉子はゆっくりと重いドアを開けた。

「あの、すいません。紀本ですが・・・」

入って右側にデスクがあり、30歳過ぎの女性が葉子を見ると立ち上がった。

「大先生がお待ちです。どうぞお入り下さい。」

昨日電話に出た女性だろう。細身の身体にシンプルな紺のスーツがお似合いの切れ長の目の女性が奥の部屋へ案内してくれた。
部屋に入ると、白髪頭の目つきの鋭いちょっとダンディな男が立ちあがった。
年の頃は70歳ぐらいだろうか・・・

柴田は葉子を見ると眼鏡を少し押し上げて近付いて来た。

「やあ、よく来てくれました。お待ちしていましたよ。さあ、どうぞ。」

「紀本葉子です。」

葉子がソファに座ると同時に、さっきの女性がティーセットを持って部屋に入って来た。
女性がテーブルにお茶を置き終わると柴田が言った。

「呼ぶまで電話は取り次がないでくれ。」

「はい。わかりました。」

女性が出て行くと、柴田はおもむろに煙草に火をつけた。
「今日わざわざ来ていただいたのはあなたにとっては沸ってわいたようなお話かもしれないんですが、とってもいい話ですよ。」

「はあ・・・」

「私の古くからの友人で、この弁護士事務所にとっても大切な客でもあるんですが・・・紀本さん、菱友宗一という人をご存知ですか?」

「菱友?」

「菱友宗一、菱友グループの会長です。ご存知ですか?」

「菱友グループってあの保険会社とか商社とか・・・それからあのレストランチェーンのハッピーパークも傘下にある、あの菱友ですか?」

「ええ、そうです。」

葉子は1ヶ月程前テレビで菱友グループの会長が、心臓発作で倒れ入院していたが結局亡くなったというニュースを見た事を思い出した。
菱友グループの会長と言えば大企業をいくつも抱える、日本でも3本の指に入るほどの大きなグループだ。

そのグループの会長という事で遺産の金額も莫大なものらしい。
巷では親族の間で相続にからむ骨肉の争いが繰り広げられているという話題でしばらくの間ワイドショーを賑わせていた。
主婦はもちろん、サラリーマンの間でも話題になっていた。
金に縁のない庶民には相続でもめているとう事が面白くてたまらないものだった。


「あのそれでその菱友さんがどうしたんですか?」

「実は会長は生前に遺言書を残されたのですが・・・」

「はい。」

「遺言では全財産の半分を奥様に、それからあとの半分をご子息とあなたとで半分ずつということです。」

「あなた?」

「紀本葉子さん、あなたには相続税を引いて、約10億円を譲るという遺言書を残されたのです。」

「はあ、10億・・・」



                  つづく