葉子はハンカチで汗を拭きながら、会社のドアを開けた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」
社内にいた同僚が、一斉に声をかけた。

葉子は自分の机の上に荷物を置くと、課長の上田の前に立った。

「課長、先方に届けて来ました。」

「おっ、そうか。ご苦労さん。」

葉子は席に戻り、机の上を見た。
すると机の上に、1枚のメモを見つけた。
「2:50 柴田様より電話あり。折り返し電話してほしいとの事。」とあり電話番号が書いてある。
字を見ると同僚の美穂の筆跡だった。

「なんだろう?」
葉子はメモを手に、隣の席の美穂に聞いた。

「ねえ、これって美穂が聞いた?」

「ああ。これね。うん。電話してくれって。」

「誰だろう・・・・」

「あら、知ってる人じゃないの?」

「知らないわよ。」

葉子はメモの電話番号をプッシュした。
何回か呼びだし音が鳴った後、若い女性の声が聞こえた。

「お待たせいたしました。柴田弁護士事務所でございます。」

「えっ?弁護士?」

「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」

「あっ、すいません。あの紀本葉子と申しますが、柴田さんっていらっしゃいますか?」

「柴田でございますか?」

「はい、柴田さんからお電話いただいたんですが・・・」

「どちらの柴田でしょうか?」

「えっ、二人いるんですか?」

「はい。大先生と若先生のどちらでしょうか?」

「えっと・・・ちょっと美穂。電話ってどんな人だった?」

「うーんと・・・おじいさんだったわよ。」

「あの・・・年配の方みたいですが・・・」

「大先生ですね。お待ち下さい。」

女性は電話を大先生とやらにつないでくれた。
しばらく待っていると、少し枯れた男の声が聞こえてきた。
長年の弁護士生活で鍛えられた声は、低い落ち着いた声だった。

「お待たせしました。柴田です。」

「あの・・・電話いただいたんですが・・・私、紀本葉子と申します。」

「ああ、紀本さんですか?」

「はい、どんなご用件だったんでしょうか?」

「そうですね。電話では少しお話しにくい内容ですので、ご足労ですが一度事務所へお越し願えませんか?」

「はあ・・・」

「それでは明日はちょうど土曜日ですので1時ではいかがですか?」

「はい。わかりました。では1時に伺います。」

さすが弁護士だけあって葉子が何も言わないうちに明日会う事になってしまった。

「何?弁護士がいったい私に何の用があるのよ。」
葉子は戸惑いながら、切れてしまった電話をみつめていた。



                   つづく