康子は夕食の準備をしていた。
6畳の居間では、夫の博史がビールを呑みながらテレビを見ている。
10歳の娘は、夫の横で漫画の本を夢中になって読んでいる。
「ただいま。」
玄関で、息子の隆志の声が聞こえた。
息子の隆志は15歳。
高校1年生だ。
なかなか上がって来ない隆志が気になって、康子は玄関に向かった。
「遅かったね。たばこ、わかった?」
「うん・・・」
隆志の返事はなぜか元気がなかった。
「隆志、どうかしたの?」
そう聞きかけた康子の目に、隆志のうなだれた姿が見えた。
そして隆志の後ろに人影が二つ見えた。
康子は二つの人影が、息子の隆志よりもずっと背が高い事に気付いた。
人影は、若い男と女だった。
男の方はブル-のアロハシャツを着て白いズボンをはいているが、いかにもお坊ちゃんといった感じだった。
男は少し気の弱そうな顔つきだったが、女の方は真っ赤な髪に身体にまとわりつくようなピチっとした真っ赤なワンピースを着て、気の強さが瞳の端に浮かんでいた。
顔は美人なのかもしれないが、青いアイシャドーに真っ赤な口紅で縁取られた顔は、濃い化粧で実年齢もわからないほどだった。
「あの・・・どなた?」
「どなたって・・・あんたの息子に聞いてよ。自分が何をしたかね。」
女がガムを噛みながら、腰に手を置いたまま横柄な態度で言った。
「あの?どういう意味ですか?」
康子は玄関に立っている若い男の顔を見た。
男は横の女に遠慮しているのか女の顔色を見ながら、女と康子の顔を心配そうに見ていた。
康子は玄関に立ちすくんだまま、下を向いている隆志の腕をつかんだ。
「隆志、どういう事なの?」
「お母さん・・・ごめん。」
「ごめんって何?」
「たばこを買いに行った時・・・自転車で行ったんだ。それで・・・」
「うん、それで?」
「この人の車に自転車が当たってこすっちゃったんだ。」
「えっ!」
康子はびっくりして夫の博史を呼んだ。
「お父さん!ちょっと来て。」
博史はテレビで野球を見ていたが、康子に呼ばれ仕方なく玄関まで出て来た。
玄関に立っている若い男女をチラッと見た博史は、戸惑いながら康子に言った。
「おい、何だ?」
「隆志がこちらの方の車に自転車ぶつけたって。」
康子は小声で博史に言った。
「何だって?」
「だから隆志が車に自転車ぶつけて、こすったって。」
博史は一瞬驚いたが、すぐに若い男と女に向いた。
「すいません。息子がとんでもない事をしまして。」
「ほんとよね。車に大きな傷ついちゃって。どうしてくれるの?」
女のふてくされたような態度を見て、男がとりなすように言った。
「いいよ。たいした傷じゃないし・・・」
「何言ってるのよ。またおやじさんに怒られるんじゃないの?」
「そうだけど・・・」
若い男と女は、博史と康子の前だというのに遠慮なく話している。
しかもどう見ても女の方が主導権を握っている。
やがて女が言った。
「わかってるだろうけど、修理代出してよ。」
「修理代ですか?」
「当たり前でしょ。車のボディにガーッて大きな傷がついてるんだからさあ。」
「そうですか・・・」
「ああ。それから言っとくけど、彼の車って外車だからさ、修理代ちょっと高くつくかもしれないわよ。」
「外車・・・」
博史はいくら修理代を払わなければいけないか考えると、一気に憂鬱になった。
康子はどうすればいいかわからず、手を真っ白になるほど握りしめていた。
隆志は下を向いて涙をこぼしている。
そんな隆志を見て、博史は言った。
「泣くな。男だろう。」
しかし隆志はついに声をあげて泣き始めた。
「バカな息子を持つと、親は苦労するわね。」
女はニヤニヤ笑いながら、博史を見て言った。
その横で、男は少し気まずそうに女の顔を見ていた。
つづく
6畳の居間では、夫の博史がビールを呑みながらテレビを見ている。
10歳の娘は、夫の横で漫画の本を夢中になって読んでいる。
「ただいま。」
玄関で、息子の隆志の声が聞こえた。
息子の隆志は15歳。
高校1年生だ。
なかなか上がって来ない隆志が気になって、康子は玄関に向かった。
「遅かったね。たばこ、わかった?」
「うん・・・」
隆志の返事はなぜか元気がなかった。
「隆志、どうかしたの?」
そう聞きかけた康子の目に、隆志のうなだれた姿が見えた。
そして隆志の後ろに人影が二つ見えた。
康子は二つの人影が、息子の隆志よりもずっと背が高い事に気付いた。
人影は、若い男と女だった。
男の方はブル-のアロハシャツを着て白いズボンをはいているが、いかにもお坊ちゃんといった感じだった。
男は少し気の弱そうな顔つきだったが、女の方は真っ赤な髪に身体にまとわりつくようなピチっとした真っ赤なワンピースを着て、気の強さが瞳の端に浮かんでいた。
顔は美人なのかもしれないが、青いアイシャドーに真っ赤な口紅で縁取られた顔は、濃い化粧で実年齢もわからないほどだった。
「あの・・・どなた?」
「どなたって・・・あんたの息子に聞いてよ。自分が何をしたかね。」
女がガムを噛みながら、腰に手を置いたまま横柄な態度で言った。
「あの?どういう意味ですか?」
康子は玄関に立っている若い男の顔を見た。
男は横の女に遠慮しているのか女の顔色を見ながら、女と康子の顔を心配そうに見ていた。
康子は玄関に立ちすくんだまま、下を向いている隆志の腕をつかんだ。
「隆志、どういう事なの?」
「お母さん・・・ごめん。」
「ごめんって何?」
「たばこを買いに行った時・・・自転車で行ったんだ。それで・・・」
「うん、それで?」
「この人の車に自転車が当たってこすっちゃったんだ。」
「えっ!」
康子はびっくりして夫の博史を呼んだ。
「お父さん!ちょっと来て。」
博史はテレビで野球を見ていたが、康子に呼ばれ仕方なく玄関まで出て来た。
玄関に立っている若い男女をチラッと見た博史は、戸惑いながら康子に言った。
「おい、何だ?」
「隆志がこちらの方の車に自転車ぶつけたって。」
康子は小声で博史に言った。
「何だって?」
「だから隆志が車に自転車ぶつけて、こすったって。」
博史は一瞬驚いたが、すぐに若い男と女に向いた。
「すいません。息子がとんでもない事をしまして。」
「ほんとよね。車に大きな傷ついちゃって。どうしてくれるの?」
女のふてくされたような態度を見て、男がとりなすように言った。
「いいよ。たいした傷じゃないし・・・」
「何言ってるのよ。またおやじさんに怒られるんじゃないの?」
「そうだけど・・・」
若い男と女は、博史と康子の前だというのに遠慮なく話している。
しかもどう見ても女の方が主導権を握っている。
やがて女が言った。
「わかってるだろうけど、修理代出してよ。」
「修理代ですか?」
「当たり前でしょ。車のボディにガーッて大きな傷がついてるんだからさあ。」
「そうですか・・・」
「ああ。それから言っとくけど、彼の車って外車だからさ、修理代ちょっと高くつくかもしれないわよ。」
「外車・・・」
博史はいくら修理代を払わなければいけないか考えると、一気に憂鬱になった。
康子はどうすればいいかわからず、手を真っ白になるほど握りしめていた。
隆志は下を向いて涙をこぼしている。
そんな隆志を見て、博史は言った。
「泣くな。男だろう。」
しかし隆志はついに声をあげて泣き始めた。
「バカな息子を持つと、親は苦労するわね。」
女はニヤニヤ笑いながら、博史を見て言った。
その横で、男は少し気まずそうに女の顔を見ていた。
つづく