やがて戦争も終わり、人々は必死で生きた。
少しずつ食糧も手に入ようになって、人々は新しい明日を目指した。


母と妹と3人でひっそりと暮らすアパートにその女がやって来たのは、4月になり桜も満開を過ぎて花びらをはらはらと落とし始めた少し寒い日だった。

女は古い木を集めて建てた小さな家の暗い部屋に入ると、一瞬ためらったが勧められた薄い座布団をあてる事もなく座った。
女は座ると、持っていた高級そうな華奢なバッグを横に置いた。
そのバッグの側面には1枚、桜の花びらがついていた。
そして女の前には細面の美しい女が暗い目をして座っていた。

高慢な女のそのバッグについている、薄いピンクの桜の花びらをじっと見つめていた。
頬を涙がつたうのをぬぐう事も忘れたのか、白い手を握りしめたまま女の勝手な話を聞いていた。

「あなたと結婚しても、あの人は幸せにはなれないわ。私と結婚すれば父の跡を引き継いで、思う存分仕事が出来るのよ。貧乏暮らしをあの人にさせたいの?」

女の話は耳には入って来なかった。
ただ桜の花びらが切なかった。


傾いたバラック建ての部屋の前に男がやって来た時には、部屋の中は人気もなくしんと静まり返っていた。

「絹子。絹子。」

男は何度もドアを叩いたが返事はなかった。
男がドアをそっと開くと部屋には何も無く、小さな卓袱台の上に一通の手紙だけが闇の中で白く光っていた。
手紙だけが浮き上がって、男を招いているようだった。

男は震える手で手紙を開けた。
手紙には、一言だけ書いてあった。

-探さないで。幸せを祈っています。さようなら。絹子-

男は手紙を握りしめて座り込んだ。
男の頬を涙が一粒流れた。
男の口から一言声が漏れた。

「ちくしょう。ちくしょう・・・。おれはいったい何のために帰って来たんだ・・・」
男の声は夜の空に吸い込まれていった。



                  つづく