翌朝太一が目覚めた時あんなに痛かった頭は少しの痛みも残っていなかった。
太一は昨夜の両親の不可思議な会話を思い出していた。
いつもの父と母ではないような口調で話していた事や会話の内容に太一は戸惑っていた。

しかしいくら考えてもわからなかった。
太一はだんだんあれは夢だったのではないかと思い始めていた。


太一がパジャマのまま階下へ行き顔を洗っていると後ろから母親が声をかけた。

「早くしなさい。お父さんもう待ってるわよ。」

「うん・・・」
普段と変わらぬ様子の母親に太一は内心ホッとしていた。太一は食卓についた。

「おはよう。」

「ああ、おはよう。」
父はいつものように新聞を読んでいる。
母が食事の支度を終えテーブルに座ると食事が始まった。

太一の家では昔から純和風の朝食だった。
テーブルの上にはご飯、味噌汁、魚の干物、他に梅干、納豆が並んでいる。
太一はいつもと同じ朝の風景にさっきまで抱いていた不安が解けていくのを感じていた。


太一が学校に着くと、校門の前に由貴が立っていた。
由貴は太一を見つけると、美しい横顔に天使のような微笑を浮かべ太一のほうへ駆け寄ってきた。

「おはよう。太一君。」

「あ、ああ。おはよう。」
太一が言うと由貴は自然な様子で太一と並んで歩き出した。
その様子を見ていたまわりの生徒たちはジロジロと無遠慮に二人を見ていた。
太一は恥ずかしくなり由貴に言った。

「悪いけどちょっと離れてくれよ。」

「あら、いいじゃない。一緒に行きましょうよ。」
由貴は離れるどころか、わざわざ太一の教室まで入ってきて太一の席の横に座ると満足そうに太一の横顔を見つめていた。
やがてチャイムが鳴り出すと、やっと由貴は太一の教室から出て行った。

すると周りの生徒たちが太一を取り囲み口々に騒ぎ出した。

「おいお前、由貴ちゃんと付き合ってるのか?」

「そんなわけないだろう。」

「それじゃあどうしてここまで来たんだよ?」

「俺だって知りたいよ。」
教室は太一を囲んで大騒ぎだった。
やがて担任の教師が入って来てやっと静かになった。


その日の放課後、太一が帰ろうとすると由貴が再び教室に入って来た。

「太一君、一緒に帰りましょう。」

「えっ嫌だよ、俺。一人で帰ればいいだろう。」

「いいじゃない。まんざら知らない仲でもないし。」
二人の会話を聞いていたまわりの生徒たちがやっぱり・・・というような顔をして二人を見ていた。

「俺知らないよ。本当なんだからな。」
太一は一人でさっさと教室を出て行った。
由貴はあわてる様子もなく悠然と美しい笑顔のまま太一の後を追った。

残された生徒たちは学校一の人気者の由貴が、太一を追いかけて行くのを不思議そうな顔で見送った。

「なんであいつなんだ?」
誰かがぼそっとつぶやいた。


太一が早足で校門を出ようとすると、由貴が校門の外で待っていた。
太一は級友たちの手前もありかなり急ぎ足でここまで来た。
追いつかれるはずはないのだが、由貴はすでに先回りしていた。

「待ってたわよ。」

「一体何なんだよ。俺の周りに近づかないでくれよ。」

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。私だって任務じゃなければあなたの事を放っておきたいけど。」
由貴はそう言うとにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、ほっといてくれよ・・・ん?任務って言った?」

「ええ、防衛軍総司令官からの勅命なの。」

「ええっ!何だって?」

「防衛軍総司令官、キーケル様よ。まああなたはまだ覚醒してないから覚えていないでしょうけど。」

「もういいよ、その話は。覚醒とか何とか訳のわからない話ばっかり。もううんざりだ。」

「ふふ。でももう時間の問題よ。あなたにもそろそろ予兆が現れているはずよ。まだ夢をコントロールしていないからあなたもまだ断片的な情報しかないでしょうけど。
もうあなたの夢にも出てきているんじゃない?」

「夢だって?」

「そうよ。ただまだ完全なものじゃないからあなたには理解できないし、多少身体に負荷がかかっているかも知れないわ。頭痛やめまいがしたりとかね。」

「・・・」
太一は夕べの激しい頭痛を思い出していた。あの割れるような痛みは・・・

「もう少しかかりそうだから待ってあげたいけど、そうのんびりしていられないの。戦局は厳しくなって来ているわ。そろそろあなたに戻って来てほしいというキーケル様の命令が出ているのよ。」

「ああ~、もういいよ。キーケルだかカーケルだか知らないけどいい加減にしてくれよ。もうそんな話聞きたくない。」
太一はそう言うと走り出した。


                     つづく