その頃里香子は眠っていた。
枕元にはキャシーがいつもと同じ美しい笑顔で微笑んでいた。

ただ何故かキャシーの指先から雫が落ちていた。
ポタッ。ポタッ。
その雫は病室の床を濡らしていた。


里香子が目を覚ましたのは、もう夕方近くなってからだった。
里香子はキャシーの頬を撫でながらうっとりと微笑んでいた。

「キャシー。」


すると看護士が部屋に入ってきた。

「あら、起きたのね。気分はどう?」

「・・・」

里香子は返事をせずにキャシーを見つめていた。


「あら?濡れてる。こんなところに水かしら?」
看護士はモップを持ってきて床を拭くと出て行った。

それからまたしばらく里香子は眠ってしまった。
最近の里香子は眠っているのか、起きているのか区別がつきにくくなっていた。
ボーッと天井を見つめているようだった。

「コン。コン。」
吉岡が部屋に入って来た。

「里香子くん。起きていたのか?」

「ええ・・・」

「そりゃあ、ちょうどよかった。」

「えっ?」

「いや。具合もいいようだから外出させてあげようと思ってね。」

「本当?」

「ああ。本当だよ。今から家に連れて行ってあげよう。君も帰りたいだろう?」

「ええ。帰りたい。」

「じゃあ、行こう。」

吉岡は里香子を連れて病室を出た。
吉岡は表玄関からは出ずに、救急受付のある裏口から出た。

「先生、あっちから出ないの?」
里香子は表の入り口の方を指して言った。

「いや。こっちの方が駐車場に近いんだよ。」

「そう・・・まあ、いいわ。早く帰りたい。」

「ああ。すぐに帰れるよ。」


吉岡と里香子は自宅のドアを開けた。

「お母さ~ん。お父さ~ん。」
里香子が父と母を探している間に、いつの間にか吉岡は広いリビングのソファに座っていた。

「先生。お父さんとお母さんは?」

「二人とも、もういないよ。君のお父さんとお母さんは死んだよ。」

「え?」

「二人が乗った車が岩場に落ちているのが発見されたんだ。車は燃えてしまってねえ。二人の遺体もかなり損傷を受けててね。身元がわかるまでに少し時間がかかったんだ。」

「うそ・・・」

「うそじゃないよ。君の両親は死んだんだ。月ちゃんもお父さんとお母さんが亡くなった時、うそって言って泣いたそうだよ。」

「月ちゃん?」

里香子の脳裏に月子の美しい顔が浮かんだ。
「あっ!月子?」

「どうやら思い出したようだね。」

「月子は死んだわ。」

「ああ。月ちゃんは死んだよ。でも魂は残っているよ。キャシーの中に。」

「キャシーに?」

「そうだよ。じゃあ後はキャシーに任せよう。」

「待って。」


吉岡はドアを開けて静かに出て行った。


                  つづく