家が焼けてしまった。
夫も私も仕事を持っていて二人の子供たちももう手がかからない歳になった。
以前はパートで3、4時間しか働けなかったが今はフルタイムで働いていた。
2年前に念願だった家もやっと買った。
郊外にある中古の一戸建てだが、比較的まだ新しく勤務先には遠くなったがやはり自分の家は格別だった。
その日もいつものような朝が来て、いつものように戦争のような忙しさで夫と子供たちを送り出し、いつものようにあわただしく仕事先へ向かった。そんな日々がこれからも続くと思っていた。
夕方5時前、そろそろ帰り支度にかかろうかという時携帯電話が鳴った。
上の娘の声だった。
「お母さん!」娘の声がひどくあわてていた。
「なに?」
「お母さん!燃えてるの」
「燃えてるってなにが?落ち着いて!」
娘に落ちつけと言う私の舌はもつれていた。
「家が・・・燃えてるの!」
それからの事は良く覚えていない。
どうやって家に帰ったか記憶が無かった。
家の近くまで来ると焦げた臭いと煙が見えた。
家は全焼だった。
見事に全部燃えていた。
だが子供たちは怪我も無くそれだけが救いだった。
焼け落ちた家を見つめて私はただ呆然として涙も出なかった。
その日は近所の人の好意で親子4人泊めてもらった。
幸い娘の担任の先生の紹介で近くのマンションを借りる事ができた。
私は1週間後焼け落ちた無惨な家を見に行った。
靴のまま家に上がり玄関、台所、リビング、子供たちの部屋、そして最後に自分の寝室を見て回った。
寝室だった部屋に入ると真っ黒に焦げたタンスが見えた。
そして私はこのタンスを買ったときの事を思い出していた。
母と結婚前にタンスを買いに行った事があった。
私は母の事があまり好きではなかった。
成長するにつれて少しづつ母との距離を感じていた。
父はダンディで優しく物静かな人だった。
母は物事に細かくいつも地味な服を着て台所で1日を過ごすような人だった。
私はよく母とけんかした。
言い負けると母は急にそっぽを向きいつまでも、ぶつぶつとつぶやいていた。
父と母は仲は良かったが私はそんな母が嫌いだった。
父はそんな母を愛していたのだろう。
大好きな父がそんな母を愛しむ様子も嫌だった。
それでも結婚前に一度母と家具を買いに行った。
タンスを選ぶ時、私はなだらかな曲線のおしゃれなものに惹かれた。
しかし母はどうしても和風のどっしりとしたタンスに固執した。
このタンスを選ばなければまた延々と続くだろう母の叱言を思い私は負けた。
結局その古臭い形のタンスを買う事になった。
それからもタンスを見る度あのおしゃれなタンスを思い出されて恨めしかった。
たんすの古臭さと母の事を思い、うとましくてならなかった。
その母も今はもういない・・・
結婚して1年ほど経った頃、心臓発作を起こしあっ気なく逝ってしまった。
父は母がいなくなってからすっかり老け込んでかつてのダンディな姿はもう見る影も無い。
私は母を看病する事も無く、何もしないままに逝かれてしまった。
私は真っ黒に焦げたタンスを見ながらその黒く焦げたタンスを母の肩をやさしくさするように撫でていた。
母の地味な顔が浮かんで涙でにじんだ。
おわり
夫も私も仕事を持っていて二人の子供たちももう手がかからない歳になった。
以前はパートで3、4時間しか働けなかったが今はフルタイムで働いていた。
2年前に念願だった家もやっと買った。
郊外にある中古の一戸建てだが、比較的まだ新しく勤務先には遠くなったがやはり自分の家は格別だった。
その日もいつものような朝が来て、いつものように戦争のような忙しさで夫と子供たちを送り出し、いつものようにあわただしく仕事先へ向かった。そんな日々がこれからも続くと思っていた。
夕方5時前、そろそろ帰り支度にかかろうかという時携帯電話が鳴った。
上の娘の声だった。
「お母さん!」娘の声がひどくあわてていた。
「なに?」
「お母さん!燃えてるの」
「燃えてるってなにが?落ち着いて!」
娘に落ちつけと言う私の舌はもつれていた。
「家が・・・燃えてるの!」
それからの事は良く覚えていない。
どうやって家に帰ったか記憶が無かった。
家の近くまで来ると焦げた臭いと煙が見えた。
家は全焼だった。
見事に全部燃えていた。
だが子供たちは怪我も無くそれだけが救いだった。
焼け落ちた家を見つめて私はただ呆然として涙も出なかった。
その日は近所の人の好意で親子4人泊めてもらった。
幸い娘の担任の先生の紹介で近くのマンションを借りる事ができた。
私は1週間後焼け落ちた無惨な家を見に行った。
靴のまま家に上がり玄関、台所、リビング、子供たちの部屋、そして最後に自分の寝室を見て回った。
寝室だった部屋に入ると真っ黒に焦げたタンスが見えた。
そして私はこのタンスを買ったときの事を思い出していた。
母と結婚前にタンスを買いに行った事があった。
私は母の事があまり好きではなかった。
成長するにつれて少しづつ母との距離を感じていた。
父はダンディで優しく物静かな人だった。
母は物事に細かくいつも地味な服を着て台所で1日を過ごすような人だった。
私はよく母とけんかした。
言い負けると母は急にそっぽを向きいつまでも、ぶつぶつとつぶやいていた。
父と母は仲は良かったが私はそんな母が嫌いだった。
父はそんな母を愛していたのだろう。
大好きな父がそんな母を愛しむ様子も嫌だった。
それでも結婚前に一度母と家具を買いに行った。
タンスを選ぶ時、私はなだらかな曲線のおしゃれなものに惹かれた。
しかし母はどうしても和風のどっしりとしたタンスに固執した。
このタンスを選ばなければまた延々と続くだろう母の叱言を思い私は負けた。
結局その古臭い形のタンスを買う事になった。
それからもタンスを見る度あのおしゃれなタンスを思い出されて恨めしかった。
たんすの古臭さと母の事を思い、うとましくてならなかった。
その母も今はもういない・・・
結婚して1年ほど経った頃、心臓発作を起こしあっ気なく逝ってしまった。
父は母がいなくなってからすっかり老け込んでかつてのダンディな姿はもう見る影も無い。
私は母を看病する事も無く、何もしないままに逝かれてしまった。
私は真っ黒に焦げたタンスを見ながらその黒く焦げたタンスを母の肩をやさしくさするように撫でていた。
母の地味な顔が浮かんで涙でにじんだ。
おわり