その時信代の母はふと何かを思い出したように言った。

「そう言えば冴子ちゃん、音楽の中島先生って覚えてる?」

「中島先生?ええ・・・覚えています。」

冴子は中島桐子の美しい顔を思い出した。中島は大学を卒業してすぐ赴任していた音楽の教師だった。
ほっそりとした身体に小さな美しい顔の人だった。
いつもピアノの前に座り、細く長い指で美しいメロディーを奏でていた。

「中島先生、今どうしてるのかしら?」

「中島先生は東京にいると思います。結婚してからずっと同じだと思います。」

「ええそれは知ってるの。
中島先生、信代の葬儀の時わざわざ来て下さってね。
もう教師は辞めたっておっしゃってたけど。
恵子ちゃんの事件の後、しばらくしてから結婚されたそうね。」

「ええ。お子さんも2人いるって聞いた事があります。そうですか・・・
中島先生来られたんですか・・・」

冴子は信代の実家を後にした。


帰途に着いた冴子はあの日、恵子が花瓶を割ってしまい破片を拾っていた光景を思い出していた。

「まさか・・・・・・」

冴子は電話の信代の声を思い出していた。
「私たちは帰って来ちゃいけなかったのよ。」

冴子の脳裏に昨日の信代の声がいつまでも響いた。
しかし本当にあの声は信代だったのだろうか?
1年前に死んだはずの信代だったのだろうか・・・


「梢子、雅人はまだ帰ってないの?」
冴子は娘の梢子に聞いた

「うん、まだ。なにしてるのかな・・・」

「遅いわね。いつもだったらもう帰ってる頃なのに・・・何もなきゃいいんだけど・・・」

「何かって?」

「う、うん。またいじめられてないか心配なのよ。」

「ちょっと見て来るわ。」

「頼むわ。その辺探してみて。」

「うん、じゃあ行って来る。」

結局雅人は見つからなかった。
心当たりの所にも電話してみたが、雅人はどこにもいなかった。
この町には友達もほとんどいない雅人はいったいどこに行ったのだろう。


冴子は江梨子、信代、利恵の事を考えると雅人の事が心配でならなかった。
やがて夫が帰って来たがまだ雅人は帰って来ない。
冴子は心配で気が狂いそうになっていた。

「あなた警察に届けましょう。雅人に何かあったのよ。」

「うん。でももう少し様子を見た方がいいんじゃないか?案外ケロッとして帰って来るかもしれないぞ。男の子なんてそんなもんさ。」

「何言ってるのよ。あなた雅人が心配じゃないの?」

「そりゃ僕だって心配だけど。雅人も男なんだからたまには帰りが遅くなる事もあるさ。」

「もういいわ。私、警察に行って来る。」

「わかったよ。一緒に行くよ。」

夫がそう言った時、電話が鳴った

冴子は電話に飛びついた。

「雅人?」

「もしもし。」
雅人の声が受話器の向こうから小さく聞こえた。

「どこにいるの?今何時だと思ってるの?とにかく今からお母さんが迎えに行くから。今どこ?」

「学校だよ。」

「学校?そんな所で何してるの?」

「うん忘れ物したのを思い出したんだ。」

「しようがないわね。
じゃあ今すぐ行くから校門のところで待っていなさい。動かないで。いいわね。」

「うん。わかった。」
雅人の声は少し沈んでいたが冴子は気にも留めなかった。

「一緒に行くか?」

「いいわ、私一人で。すぐ帰るわ。あなた梢子を見てて。」

「わかった。」

冴子はそう言うと家を出た。
小学校に向かって・・・


 
                      つづく