冴子は忘れようとして忘れられなかった恵子の顔を思い浮かべた。

「ええ。まだあるのよ。恵子が飛び降りた後、変な噂が立ってあのマンション幽霊マンションって呼ばれるようになったのは冴子も知ってるでしょ。」

「うん・・・まあね。」

「裕美ちゃんが自殺した後、江梨子ノイローゼになっちゃって・・・とうとう1ヶ月後江梨子もあのマンションから飛び降りたの。」

「うそっ!」

「嘘ならどんなにいいか・・・でも本当の事よ。・・・実は江梨子が自殺する前に私に電話してきたの。」

「なんて?」

「裕美ちゃんが死んだ時、裕美ちゃんの右手の人指し指に傷があったって。冴子覚えてない?恵子が自殺する前の日花瓶を割った事があったでしょう?」

「ああ・・・覚えてる。」
冴子の脳裏にあの日の恵子の笑顔が蘇った。
あの何もかも諦めたような恵子の凍りついた笑顔を、20年以上も経った今でもはっきりと思い出す事が出来る。

「その時に恵子が花瓶の破片で指を切ったでしょう?」

「うん・・・」

「その時の恵子の傷と同じ傷が裕美ちゃんの指にもあったって。」

「でも偶然ケガしたんじゃないの?」

「私もそう言ったわ。そうしたら江梨子が言ってた。自殺する前の日に裕美ちゃんの指に傷なんかなかったって。江梨子、裕美ちゃんのいじめを気にして毎日身体に傷がないか見てたらしいの。」

冴子は雅人の傷を確認するように夫に頼んだ事を思い出した。
「でも当日ケガしたかもしれないじゃない。」

「でも裕美ちゃんの指の傷は怪我してすぐの傷じゃなかったって・・・もう傷がふさがってかさぶたが出来てたんだって。」

「そんなバカな・・・」

「江梨子もそう言ってた。絶対おかしいって。裕美ちゃん自殺するような素振りなんかなかったって、そう言ってた。それ以上何も言わなかったけど、江梨子気になる事があるから今から確かめに行くって・・・」

「・・・」

「その電話をかけて来てから1時間後よ。江梨子が飛び降りたのは。」

「えっ!」

「冴子、気をつけて。私とっても嫌な予感がするの。江梨子の時と同じ事が起きるような気がしてしようがないの。」

「やだ。大丈夫よ。そんな事起きるわけないじゃない。」

「ええ。そうだといいけど。」

「それより利恵は今どうしてるの?」

「ああ知らなかったのね。利恵は死んだわ。昨日やっぱりあのマンションから飛び降りたわ。」

「えええええ!どうして?」

「利恵もやっぱりこの町に帰って来てから様子がおかしくなって入院してたんだけど、昨日病院を抜け出してね・・・」

「そう・・・」


冴子は信代との電話を切った後震えが止まらなかった。
雅人の事を考えると怖くてたまらなかった。
冴子は夫が言っていた事を思い出していた。
雅人が右手を使っていた・・・
冴子は不吉なものを感じてならなかった。



                   つづく