冴子は雅人の担任に会ってみる事にした。
雅人の通う学校は冴子の母校でもある。

冴子がこの学校に来たのは何十年ぶりだろうか・・・
冴子は卒業してから一度も来ていなかった。
子供たちの手続きも夫に任せて冴子は学校に近づく事もしなかった。
雅人の事がなければ来る事もなかっただろう。


校舎に入ったとたん、冴子は妙な気分になった。
20年以上も経っていたが、母校はあの頃と同じままだった。
そしてあの事は冴子の胸に傷となって残っている。

雅人の担任は斎藤という若い男性の教師だ。
見るからに頼りなく、無気力な典型的な若者だ。
何の関係も無ければいいが自分の子供を任せるには、はなはだ心配な人物だ。

冴子は誰もいない教室で斎藤と二人で話した。
冴子は斎藤に学校での雅人の様子を聞きたかった。


「しかしねえ、私が見る限りいじめなんてありませんよ。雅人君はおとなしい性格のようですし、その内クラスにも溶け込んでくれると思っています。お母さんも雅人君に友達が出来るように見守ってあげてください。」

「でも服を泥だらけにしてくるし、怪我をして帰ってくる事もあるんです。」

「雅人君がいじめられたって言っているんですか?」

「いえ・・・でも雅人の様子がおかしいのは見ればわかります!!」
冴子は斎藤と話しているうちに苛立ってきた。

そんな冴子の様子を見ても斎藤は冷静な口調のままだった。
「お母さん、落ち着いてください。こう言っては失礼ですが、お母さんは心配のし過ぎですよ。」
斎藤は時計を見ながらソワソワしている。

「何を言ってるんですか?もう少しちゃんと話を聞いて下さい。」

「すいません。これから職員会議がありますので。」

「そんな・・・斎藤先生・・・」

「それじゃあ、これで。教師って仕事もなかなか大変でしてね。いろいろ忙しいんですよ。雅人君の事は私も気をつけるようにしますから。」
そう言って斎藤はそそくさと教室から出て行った。


冴子は斎藤の態度に失望していた。

あの時恵子の母親も同じように失望していたのだろうか・・・
冴子は、今初めて恵子の母親の気持ちが理解できた。
そして恵子の母親の気持ちを自分がわかる事自体が、冴子の心を苦いもので満たしていた。
冴子はそんな自分にいらついている自分自身を持て余していた。


                   つづく