緒方冴子は35歳の平凡な主婦だ。
中堅商社に勤める営業マンの夫と、22歳の時に結婚した。。
夫は中肉中背で性格も温厚。
子供は2人。上の女の子が11歳。下の男の子は9歳。
家族はみな健康だったし夫婦仲もまあまあ良く、冴子は時々友人に愚痴も言ってはいたが静かに暮らしていた。あの町に行くまでは・・・


冴子たちは夫の転勤で、故郷の町に帰る事になった。
冴子は高校まで故郷のこの町にいたが大学進学と共に上京した。
そしてそのまま就職、結婚。
冴子は故郷に帰るつもりはなかったし、実家にも数えるほどしか帰らなかった。
就職の時にも両親は近くで就職する事を望んだが冴子はそのまま東京で仕事を探した。

冴子はこの町に帰りたくなかった。
帰れば嫌でもあの事を思いだしてしまう。
そしてそれは他の3人も同じだった。
冴子、江梨子、信代、利恵の4人が同じ思いを抱いていた。


冴子たちは実家から歩いて5分ほどのところにあるマンションに住む事にした。
夫の勤務先にも近く、子供達の学校にも近かったからだ。
故郷の町に引っ越してからそろそろ1ヶ月になろうとしていた。

最近冴子は息子の雅人の事が気がかりだった。
転校した雅人はクラスになじめないらしく以前のような明るさは影をひそめ、口数も少なくなり部屋に一人でいる事が多くなった。
この頃では朝起こしてもなかなか起きようとせずいつまでもベッドの中でグズグズしている。
冴子がさんざん追い立て、やっと渋々学校に行くという状態だった。
しかしなんとか送り出しても服を汚したり、傷だらけで帰ってくる事が何度もあり、冴子は心配でしようがなかった。

「ねえ雅人、学校はどう?楽しい?」

「別に・・・」

「別にって・・・お友達は出来たの?」

「うん。まあ・・・」

「ねえ、一度お友達を家に連れて来たら?」

「いいよ。」

「どうして?いいじゃない。遊びにきてもらえば?お母さんも雅人の友達に会いたいし。」

「友達なんか・・・そんな事どうでもいいだろ!」
雅人は吐き捨てるように言うとその後部屋にこもってしまう。
毎日こんな会話を繰り返している。
冴子が学校の様子を聞こうとしても雅人は横を向いて顔をそむけてしまいそれ以上何も話そうとしない。

「ねえ梢子、あの子どう?最近変だと思わない?」

「うん。まあね。」

「何か話聞いてない?あなたに何か言ってない?」

「ううん、何も言わないよ。聞いてみたけどはっきり言わないし、その内怒り出しちゃうし・・・」

「そう・・・困ったわね。」

長女の梢子ははっきりした性格で男の子のようなところがあり、雅人と同じ時に転校したがもう何人も友達も出来て楽しい学校生活を送っていた。
雅人はおとなしいところがあったが、転校するまでは友達もいたしそれなりに楽しそうだった。
だから今までは冴子が心配するような事もなかった。


                 つづく