1ヵ月後の金曜日、瑠衣は再び特別企画室に来ていた。
「この度は本当に、ありがとうございました。」
瑠衣は特別企画室に礼を言う為に訪れたのだった。
礼を言うのが遅くなったのは全員が揃うのを待っていたからだった。
今日は特別企画室の5人全員が揃っていた。
「よかったね。瑠衣ちゃん。」
田村がニコニコ笑いながらタバコに火を点けた。
「はい。全部みなさんのおかげです。裕ちゃんもお礼を言いたいって言ってたんですけど・・・昨日、田舎から両親が出て来ちゃって。裕ちゃん、今日は両親に捕まっています。」
「あはは。そうかい。それで・・・」
瑠衣は田村が何か言う前にあわてて言った。
「あの橋口って人と極東商事のニュースまだまだ大騒ぎですね。」
「ああ、それもこれも瑠衣ちゃんが持って来てくれたメモリーカードのおかげだからね。橋口も今まで金の力で握りつぶして来たが、今度ばかりは言い逃れできない。自由党からは辞職勧告されているが本人は絶対に辞めないと言い張っているらしい。極東商事も主だった重役連中の全てが交代したしね。橋口にしろ極東商事にしろ、やった事は許されない事だし。橋口には国会議員として、極東商事には企業としての社会的責任があるんだ。自業自得なんだよ。」
「そうですよね。ところであの壇城って人の事はどうなったんですか?」
「ああ、極東商事の連中が殺した事を全部自供したし、今度極東商事から遺族へまとまった金が出る事になったそうだ。極東商事もこれからは新しい経営陣を迎えて再出発する事になったよ。」
「そうですか。よかった。壇城さんは命をかけて正義を貫こうとしたんですね。」
「ああ、そうだね。壇城には子供が二人いてね。子煩悩な男だったらしい。いつも休みには家族揃ってよく出かける良い父親だった。そんな家族を愛していた男が、愛する家族をおいてでも告発する決心をした・・・壇城の日記に書いてあったそうだ。愛する子供たちを将来戦争に巻き込むような悪事が行われているのを黙って見過ごす事は出来ないと決意した事がね。誰でも正義と口にはするが実行にうつす事は想像以上に難しい。壇城のした事は、とてつもなく勇気のいる事だよ。
だがそういう人間が一人でもいる限り、日本は大丈夫だよ。僕は今度の事でつくづく感じたよ。こんな世の中でも捨てたもんじゃないってね。」
「はい。私もそう思います。そして私たち一人一人が自分に出来る事が何なのかとか、そう言う事真剣に考えなくちゃいけないんですね。」
瑠衣は小さな箱を自分に押し付けて走って行った壇城の後姿を思い出していた。
田村がからかうような表情を浮かべて、そんな瑠衣に問いかけた。
「ところで瑠衣ちゃん、裕康君とはどうなったんだい?結婚するのかい?」
瑠衣は真っ赤になった頬を両手で隠すように押さえて言った。
「はい。あの後、裕ちゃん、病室でプロポーズしてくれたんです。それでこの間田舎の両親に報告したら裕ちゃんを見る為に二人ともすぐに出て来るって言って。わざわざ出て来なくても次の休みには帰るって言ったんですけど、待ちきれないって昨日出て来ちゃって・・・それで昨日裕ちゃんに会わせたらすっかり気に入って。今日も裕ちゃん、仕事休んで両親を東京見物に連れて行ってくれています。」
「そうか~。残念だなあ。僕のアイドルの瑠衣ちゃんが結婚するのは。」
「いやだあ、室長ったら!恥ずかしいじゃないですか。」
「しかし今度の事件は災難だったけど、いいきっかけになったんじゃないの?」
「はい。今度の事で私には裕ちゃんが必要だってわかりました。裕ちゃんがいなくなるなんて考えられないって思ったんです。それにああいう事でもないと裕ちゃん、切り出してくれなかったかもしれません。やだ、私恥ずかしい。」
瑠衣は耳まで真っ赤にそまってしまった。
「瑠衣ちゃん、おめでとう!」
牛島洋子と香織が瑠衣に言うと他の3人も口々に祝いの言葉を言った。
「ありがとうございます。」
瑠衣は深々と頭を下げた。
半年後瑠衣と裕康は結婚した。
結婚式には特別企画室の5人も列席した。
特別企画室の事を知らない会社の同僚の中には首をかしげる者も居たが、この日を迎える為に特別企画室の5人がどれだけ活躍したか想像する事も出来なかった。
結婚式が和やかに行われたその頃、橋口は拘置所の中で高い窓を見上げていた。
橋口はすっかり人が変わったように無口になり、弁護士の解任騒動をおこしており裁判の行方も危ぶまれていた。
げっそりやつれた橋口のもとを訪ねるものもいない。
家族にも見放され、すっかり老け込んでしまった。
かつての自由党ナンバー2の面影は全くない。
自由党は橋口の事など忘れたように世代交代が進み、若い党首を立てイメージ回復に懸命だ。
正義という理念を念頭においた政治が行われる事を望む声が政治家に届くかどうかこれからの指導者にかかっているのだが・・・
瑠衣は幼い娘の手を引いて、目の前に並べられた様々なチョコレートを見つめていた。
「もう、パパッたらいやになっちゃう!今年こそ、チョコレートあげるのやめようかな。」
言いながらも瑠衣は裕康に渡すチョコレートを探していたが、娘に話しかけた。
「ねえ、みいちゃん。勇次君にあげるチョコレートはどれがいいの?」
「うーんとね。これ!」
幼い娘が陳列台の中のチョコレートを指差した。
瑠衣は愛しい娘の手をぎゅっと握った。
裕康と娘と3人、これからもずっとここで生きて行くのだ。
瑠衣は願わずにはいられなかった。
いつもと同じ日常が明日も、明後日もずっと続きますようにと・・・
終わり
「この度は本当に、ありがとうございました。」
瑠衣は特別企画室に礼を言う為に訪れたのだった。
礼を言うのが遅くなったのは全員が揃うのを待っていたからだった。
今日は特別企画室の5人全員が揃っていた。
「よかったね。瑠衣ちゃん。」
田村がニコニコ笑いながらタバコに火を点けた。
「はい。全部みなさんのおかげです。裕ちゃんもお礼を言いたいって言ってたんですけど・・・昨日、田舎から両親が出て来ちゃって。裕ちゃん、今日は両親に捕まっています。」
「あはは。そうかい。それで・・・」
瑠衣は田村が何か言う前にあわてて言った。
「あの橋口って人と極東商事のニュースまだまだ大騒ぎですね。」
「ああ、それもこれも瑠衣ちゃんが持って来てくれたメモリーカードのおかげだからね。橋口も今まで金の力で握りつぶして来たが、今度ばかりは言い逃れできない。自由党からは辞職勧告されているが本人は絶対に辞めないと言い張っているらしい。極東商事も主だった重役連中の全てが交代したしね。橋口にしろ極東商事にしろ、やった事は許されない事だし。橋口には国会議員として、極東商事には企業としての社会的責任があるんだ。自業自得なんだよ。」
「そうですよね。ところであの壇城って人の事はどうなったんですか?」
「ああ、極東商事の連中が殺した事を全部自供したし、今度極東商事から遺族へまとまった金が出る事になったそうだ。極東商事もこれからは新しい経営陣を迎えて再出発する事になったよ。」
「そうですか。よかった。壇城さんは命をかけて正義を貫こうとしたんですね。」
「ああ、そうだね。壇城には子供が二人いてね。子煩悩な男だったらしい。いつも休みには家族揃ってよく出かける良い父親だった。そんな家族を愛していた男が、愛する家族をおいてでも告発する決心をした・・・壇城の日記に書いてあったそうだ。愛する子供たちを将来戦争に巻き込むような悪事が行われているのを黙って見過ごす事は出来ないと決意した事がね。誰でも正義と口にはするが実行にうつす事は想像以上に難しい。壇城のした事は、とてつもなく勇気のいる事だよ。
だがそういう人間が一人でもいる限り、日本は大丈夫だよ。僕は今度の事でつくづく感じたよ。こんな世の中でも捨てたもんじゃないってね。」
「はい。私もそう思います。そして私たち一人一人が自分に出来る事が何なのかとか、そう言う事真剣に考えなくちゃいけないんですね。」
瑠衣は小さな箱を自分に押し付けて走って行った壇城の後姿を思い出していた。
田村がからかうような表情を浮かべて、そんな瑠衣に問いかけた。
「ところで瑠衣ちゃん、裕康君とはどうなったんだい?結婚するのかい?」
瑠衣は真っ赤になった頬を両手で隠すように押さえて言った。
「はい。あの後、裕ちゃん、病室でプロポーズしてくれたんです。それでこの間田舎の両親に報告したら裕ちゃんを見る為に二人ともすぐに出て来るって言って。わざわざ出て来なくても次の休みには帰るって言ったんですけど、待ちきれないって昨日出て来ちゃって・・・それで昨日裕ちゃんに会わせたらすっかり気に入って。今日も裕ちゃん、仕事休んで両親を東京見物に連れて行ってくれています。」
「そうか~。残念だなあ。僕のアイドルの瑠衣ちゃんが結婚するのは。」
「いやだあ、室長ったら!恥ずかしいじゃないですか。」
「しかし今度の事件は災難だったけど、いいきっかけになったんじゃないの?」
「はい。今度の事で私には裕ちゃんが必要だってわかりました。裕ちゃんがいなくなるなんて考えられないって思ったんです。それにああいう事でもないと裕ちゃん、切り出してくれなかったかもしれません。やだ、私恥ずかしい。」
瑠衣は耳まで真っ赤にそまってしまった。
「瑠衣ちゃん、おめでとう!」
牛島洋子と香織が瑠衣に言うと他の3人も口々に祝いの言葉を言った。
「ありがとうございます。」
瑠衣は深々と頭を下げた。
半年後瑠衣と裕康は結婚した。
結婚式には特別企画室の5人も列席した。
特別企画室の事を知らない会社の同僚の中には首をかしげる者も居たが、この日を迎える為に特別企画室の5人がどれだけ活躍したか想像する事も出来なかった。
結婚式が和やかに行われたその頃、橋口は拘置所の中で高い窓を見上げていた。
橋口はすっかり人が変わったように無口になり、弁護士の解任騒動をおこしており裁判の行方も危ぶまれていた。
げっそりやつれた橋口のもとを訪ねるものもいない。
家族にも見放され、すっかり老け込んでしまった。
かつての自由党ナンバー2の面影は全くない。
自由党は橋口の事など忘れたように世代交代が進み、若い党首を立てイメージ回復に懸命だ。
正義という理念を念頭においた政治が行われる事を望む声が政治家に届くかどうかこれからの指導者にかかっているのだが・・・
瑠衣は幼い娘の手を引いて、目の前に並べられた様々なチョコレートを見つめていた。
「もう、パパッたらいやになっちゃう!今年こそ、チョコレートあげるのやめようかな。」
言いながらも瑠衣は裕康に渡すチョコレートを探していたが、娘に話しかけた。
「ねえ、みいちゃん。勇次君にあげるチョコレートはどれがいいの?」
「うーんとね。これ!」
幼い娘が陳列台の中のチョコレートを指差した。
瑠衣は愛しい娘の手をぎゅっと握った。
裕康と娘と3人、これからもずっとここで生きて行くのだ。
瑠衣は願わずにはいられなかった。
いつもと同じ日常が明日も、明後日もずっと続きますようにと・・・
終わり