「そうですな。全部・・・という事になりますか・・・」
田村はタバコの煙を吐き出しながら言った。

そんな田村の態度に、橋口から大物政治家の面影は跡形もなく消えていた。
橋口はたまらず立ち上がり、部屋の隅に置いてあった受話器をとりボタンを押すと話し始めた。

「ばか者めが!」
やがて橋口は吐き捨てるように言うと受話器を床に叩きつけた。

「緑川組ですか?」

「なに!」

「せっかくですが緑川組はもう終わりですよ。緑川誠一共々、幹部連中まで警察に連れて行かれました。それから極東商事にも今頃は地検が向かっています。」

「・・・・くそっ。」

橋口は歯軋りをしながら、拳を握りしめていた。
その拳は白くなり、ぶるぶる震えていた。
さらに首筋には太い血管が浮き出ていた。

「ここにもそろそろ地検が来る頃ですよ。わざわざお呼びにならなくても向こうから来てくれます。良かったですな~。警察を呼ぶ手間が省けますよ。」

「バカな事を言うな!地検ごときがこの橋口に手出し出来るものか。」

「さあ、どうでしょうか。何しろ重要な証拠がありますからね。」

「馬鹿な。そんなもの橋口隆造が握りつぶしてやる。」

「出来ますかね。今度ばかりはさすがのあなたでも難しいでしょうなあ。ああ、それから各新聞社にも同じ物を届けておきましたから、明日の朝刊は見ものですなあ。まあもっともあなたがその新聞を見る事が出来るかどうかわかりませんが・・・」

田村が話し終えた時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。
田村はタバコをもみ消し立ち上がると言った。

「じゃあ橋口さん、お元気で。老婆心ながら申し上げておきますが、拘置所の冬はあなたぐらいの高齢になるとひどく身体に堪えるそうですよ。それではこの辺で、失礼します。」

田村は入ってきた時と同じように静かにドアを閉めて出て行った。
橋口は田村が出て行ったドアを呆然と見つめていた。


やがて橋口邸の前で車が停まる音が聞こえ、玄関に軽やかなチャイムの音が鳴り響いた。
そのチャイムの音に橋口は我に返った。
やがて廊下を歩くあわただしいスリッパの音が橋口に近づいて来た。

ドアが乱暴に開けられ、お手伝いがあわてて入って来た。
「だんな様。警察が・・・」

「ばか者!追い返せ!」

「はい、でも・・・」

やがて数人の男たちが入って来た。
「橋口さん、失礼します。私、東京地検特捜部特別班の辻野と申します。」
眉間に皺を寄せた40過ぎの男がつかつかと橋口に近づき言った。
「橋口さん、お手数ながら署までご同行願います。」
言葉つきは丁寧だが有無を言わせぬ気迫がこもっていた。

橋口は辻野をギロッと睨みつけて言った。
「無礼な!自由党の橋口隆造だとわかって言っておるのか!きさまなんぞの木っ端役人がこの橋口に手をかける事など許さん!」

辻野は橋口の勢いに一瞬たじろいだが、一つ息を吐いた後言った。
「失礼ですが橋口さん、検察全ての力を結集してもあなたの犯した罪を暴いてみせます。どうぞ覚悟しておいて下さい。手錠はかけませんがおとなしくされた方がいいと思います。見苦しい姿をこれ以上国民の前にさらしたくはないでしょう。いくらあなたでもね。」
辻野が背後から肩をそっと押すと、橋口は幽霊のような顔で部屋を出て行った。

橋口が玄関に姿を現したとたん、幾つものフラッシュが焚かれた。
橋口は手で顔を覆いながら群がる報道陣の前を歩いた。
橋口が乗った車が去った後も橋口邸のまわりは報道陣でいっぱいだった。
その数は減るどころか、さらに数を増していった。


                    つづく