同じ頃、橋口は自宅で緑川からの連絡を待っていた。
何がなんでも持ち出された資料を取り戻さなければならなかった。
そうしなければ橋口には破滅の道しかないのだ。

極東商事や緑川組のことなど橋口にはどうでもいい事だった。
しかし極東商事や緑川組から贈賄の事が漏れるのは困る。

長年目指してきた日本の頂点に座るという野望はついに手に届くところまで来ていた。
次の総裁選まであと3ヶ月。
自由党総裁すなわち日本国総理なのだ。

そしてその道はもう目の前にある。
橋口が手を伸ばしさえすれば手に入るのだ。

自由党の中では次は橋口だという声が大きな声になっているが、党内には橋口と同じように総裁の地位を狙っている勢力がある。
その勢力は橋口を追い落とそうと常に狙っている。
小さなスキャンダルでさえも今の橋口には命取りになる。

やっとここまで来たと橋口は思っていた。
しかし思いがけない所から破綻が生じた。
極東商事の社員の中から内部告発者が出た事に、橋口は烈火の如く怒った。

内部告発者の壇城を即刻始末しろと命じたのは橋口だった。
極東商事が壇城を金で押さえ込もうとしたが失敗し挙句の果てに逃げられた。

橋口に救いの手を求めてきた極東商事社長の栗山を床にひざまずかせ、橋口は栗山の顔に唾を吐きかけ言った。

「緑川組を貸してやる。壇城のやつを捕まえたらお前たちの力で何とかしろ!二度とミスは許さん!何をしてもいい。俺の邪魔をする奴は誰であっても容赦しない。今度しくじったら今度はお前たちも覚悟してもらう事になる。」

橋口は、緑川からの連絡を待ちながらつぶやいた。
「あんな小娘に手間取りやがって。緑川の奴めが。見ていろ。俺の前に全ての者をひざまずかせてやる。」


橋口はいつの間にか喉がカラカラに渇いている事に気づいた。
「おい!酒を持って来い。」

だが誰も来ない。
「おい!聞こえないのか。」

橋口の家には手伝いの者が二人いる。
どちらか必ずいるはずだ。

イライラした橋口が仕方なく立ち上がりかけた時、部屋のドアが静かに開けられた。
「おい、何を・・・」

橋口が言いかけた時入ってきたのは、手伝いの者ではなかった。
入ってきたのは特別企画室室長の田村だった。
田村は音も立てずにドアを閉めた。

「誰だ、貴様。」

「はは。あなたに貴様呼ばわりされる覚えはありませんな。」

「なんだと!橋口隆造の家に入り込むとは無礼な。今すぐ出て行け!」

田村は苛立つ橋口を無視して橋口の向かいのソファに座った。
橋口はその田村の余裕のある態度を見てますますいきり立った。

「きさま、出て行けと言っているのがわからんのか。警察を呼ぶぞ。」
そう言って橋口は田村に睨んだ。
いつもなら橋口のこの一睨みで大抵の者は黙ってしまう。

そんな橋口を見ながら田村はテーブルの上に置いてあったタバコと大きなライターを持ち悠然とタバコに火を点けた。

「ほお、さすがに自由党ナンバー2の大物ともなるといいタバコをお吸いですな。お、こっちは葉巻ですな。しかもハバナですか。」
田村はタバコの煙を一息吐き、橋口を見て笑った。

橋口は最初の勢いが消え、落ち着かない様子で足が小刻みに揺れている。
「お前はいったい何者だ!」

橋口の言葉に田村はニヤッと笑いを浮かべ、余裕の表情で言った。
「さあ何者でしょうかね。橋口さん、警察を呼びたいならいくらでも呼んでもらってもこっちは全然構いませんよ。」

「なに?」

「警察に来られて困るのはあなたの方でしょう?」

「何を言っている?きさま、まさか・・・」
橋口はお化けでも見るように田村を見た。

「きさま、どこまで知っている?」


                     つづく