チョコレートは危険な香り－９

「西森瑠衣さんですね。」

「あの・・・」
瑠衣は喉が貼りついたような気がした。
聞こえてきたのは裕康の声ではなく、ドスの利いた低い男の声だった。
瑠衣は唾を飲み込んで、カラカラになった喉から振り絞るようにしてやっと声を出した。

「あの、どなたですか？」

「三浦裕康さんをお預かりしています。」

「えっ！裕ちゃんを・・・どういう事ですか？」

「恋人を助けたかったら壇城から預かった物を持って、明日の夜１０時に港の第3倉庫まで来て下さい。」

「何の事ですか？私、知りません。」

「とぼけても無駄ですよ。あなたが例の物を預かった事は、壇城が死ぬ前に聞きだしましたからね。恋人の命が惜しければ必ず持って来る事ですね。」

「わかりました。明日の夜１０時ですね。」

「いいですか？余計な事はしないで下さい。警察に知らせるような事をすればあなたの大事な人は二度とあなたのもとに帰れなくなりますよ。」

「わかってます。」

「それではお待ちしています。」
そこまで言うと男は電話を切った。

瑠衣は電話が終わるとへなへなとその場に座り込んでしまった。

「どうしよう・・・」
瑠衣は頭を抱えて座り込んでいたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。

「もうあそこしかないわ。」
瑠衣はある事を思い出していた。
追い詰められた瑠衣には残された道が１つだけあった。

瑠衣が勤めている会社には秘密があった。
瑠衣の会社には社員どころか、重役にも知らされていない特別な部署があった。
名前は「特別企画室」。
もちろん同じ建物の中にあるのだから全員その存在は知っているが、本当の業務内容についてはほとんどの人間が知らないと言っていい。
表向きは企画室という名前の通りだが、何か企画を立てているかと言えばここ何年も際立った企画を立てたという話はない。
その為廃止しようとする動きも今までに何度かあったが、その度に上層部からの意向ですぐに立ち消えになるのだった。
こうして特別企画室は今でも存続している。

企画室に勤務しているのは全員入れても五人だ。
まず室長の田村知樹、事務一切を取り仕切っている牛島洋子、他に野口、安永という男性社員が二人、もう一人は佐伯香織の合計５人だ。

この特別企画室、実は会社の裏の仕事用に設置された部署だ。
重役や社員にスキャンダルやもめ事が起こる事がある。
その際、金を要求されたり金で片付けばまだいい方で、会社のスキャンダルになったり引き抜きの材料になる時もある。
そういった時の為の始末屋なのだ。
いわば会社の裏の仕事人だった。
特別企画室のおかげで助かった重役や社員は既に十数名にのぼる。
人間生きていると、いろんなトラブルに否が応でも巻き込まれてしまうものだ。
会社はそういったものから大切な人材を守る為に特別企画室を創設した。

しかし、表立った動きは出来ない。
特別企画室の事はトップシークレットなのだ。

瑠衣は入社して間もない頃、偶然にも上司のスキャンダルを知ってしまった。
そしてその後の特別企画室の活躍も見る事になってしまった。
社内では特別企画室の事を知っている者はほとんどいない中で瑠衣が知っていたのは奇跡に等しい。

そして今、瑠衣は窮地に陥ってしまった。
瑠衣は裕康を助ける為にはこの特別企画室に頼るしかないと思った。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく