瞳はルミの母親を訪ねる事にした。

駅裏の路地を入った古いアパートにルミの母は住んでいた。

「すいません。いらっしゃいますか?すいません。」

がさがさと音がしてドアの向こうで気配がした。
ルミの母親は警戒しているのだろう。
マスコミが押しかけて来ているのはわかっていた。

瞳はもう一度声をかけた。

「すいません。久保瞳です。ルミちゃんと高校の頃同じクラスだった瞳です。」
ドアが細く開けられ、ルミの母親が顔をのぞかせた。
4、5年前にルミの家に遊びに行っていた頃に瞳はルミの母に何度か会った事があった。その時のルミの母は若々しくきれいな人だった。
今ドアの隙間から瞳を窺っている人とはまるでちがう。顔色が悪くやつれて髪もボサボサで、なにより生気が無く昔の面影はまるでなくなっていた。

「あら、瞳ちゃん。久しぶりね。まあ入ってちょうだい。」
ルミの母から酒の匂いがぷんとした。瞳はルミの母の生活が察せられてルミの淋しさを見たような気がした。

「失礼します。」

ドアを開けると右手に狭い台所があり、部屋には小さなテーブルが置いてある。
テーブルの上には酒のビンとグラスがあり、漬物が横に置いてあった。漬物を肴に飲んでいたのだろう。
台所にも何本もの空瓶が並んでいる。
ルミの母は酒を隠そうともせずに瞳の前でグラスに酒を注いだ。

「ほんとに久しぶりね。何年ぶりかしら。3年?あら、もっとかしら?」

「おばさん、ルミちゃんの事・・・本当に残念です。」

「そうね。ルミが殺されるなんて・・・私が死ねばよかったのに・・・」
ルミの母は酒を飲み干して口を手でぬぐいながら涙を流した。

「おばさん、身体大丈夫ですか?」

「ありがとう。私の身体なんてもうどうだっていいの。とうとうお酒がないと生きていけない身体になってしまって・・・ルミだってこんな私に愛想をつかして出て行ったのよ。」

「おばさん、ルミもほんとはおばさんの事心配してたと思います。親子ですもの。」

「そうね。ルミも私がもっとしっかりしていたらこんな事にならなかったのに・・・」

「おばさんのせいじゃないですよ。ルミを殺したやつが悪いんです。」

「ありがとう。でも通り魔にやられるなんて・・・どうしてルミがこんなひどい事になってしまったのか・・・」

「私もとっても悔しいです。もっとルミと話したかった・・・」

「ええ。私も悔しい。ルミがこんな事になるなんてわかっていたらあの時もっとちゃんと話をきいてやればよかった・・・」

「えっ、あの時って?」

「ああ、殺される前の日にあの子ここへ来たのよ。」

「えっ、そうだったんですか・・・」

「ええ、あの子ここを出て行ってからずっとここには近寄らなかったんだけど・・・虫の知らせかしら・・・急にあの日来たの。10分ぐらいだったけど、少し話していったのよ。」

「そうですか・・・」

「ええ、あの時はすごくうれしかった・・・でも・・・」

「どうかしたんですか?」

「あの子・・・付き合ってる人がいたらしくて。」

「そうですか。彼がいたんですね。でも警察の人は何にも言ってなかったな・・・」

「そう・・・私の想像だけどあの子不倫してたかもしれない・・・」

「えっ!不倫ですか?」

「ええ、はっきりとは言わなかったけど・・・今はこんなだけど私だって母親だもの。なんとなくわかったの。だからここにも来たんじゃないかと思うの。」

「そうですね。お母さんに話を聞いて欲しかったんですね。」

「あの時に無理やりにでももっと話をきいてやればよかった・・・」

「・・・」

瞳はあの葬儀会場で見た男の事を思い出していた。

「あの・・・今日のお葬式にどうして来なかったんですか?」

「ふっ。こんな母親が行ってもね・・・」

ルミの母はグラスに酒を注ぎ一気にあおった。

「瞳ちゃんも飲まない?お酒の相手してちょうだい。」

「いえ、私はこれで失礼します。おばさん、あまり飲み過ぎないでくださいね。」

「そう?ごめんね。ありがとう。ルミの事忘れないでやってね。お願い。」

ルミの母は涙がこぼれるのをぬぐおうともせずまた酒を注いだ。


瞳はルミが働いていたスナックへ行ってみようと思った。
駅近くの繁華街にある小さな店だった。
古びたドアの前に立ち瞳は軽く息を吐いて、ドアを叩こうと手を伸ばした。

すると急にドアが開き、中から瞳より2,3歳上だろうか・・・赤い髪に目鼻立ちのはっきりした女性が出てきた。スタイルも良く、長い足にミニスカートが似合っていた。

「おい!ルン。待てよ。」

「あんなケチな客なんかもう絶対イヤよ。」

「しようがないじゃないか。」

「ケチなくせにしつこいのよ、あいつ。今度からは他の子にしてよね。キング。」
そのルンと呼ばれた女性はドアをバタンと閉めた。
「ほんっとにもう~。」

かなり怒った様子だったがドアの前で立っている瞳を見て言った。

「あんた、誰?」

「あの・・・ルンさん?ですね。ここで働いてたルミって子の事で・・・」

「ああ~。ルミね。かわいそうに・・・殺されたんだってね。」

「ええ・・・」

「それで何?」

「あのルミの事なんですけど、ルミに付き合ってた人がいるらしいんですけど、ルンさん何か知りませんか?」

「ああ~ルミから聞いた事があるわ。」

「ルミからですか?」

「うん。ルミから付き合ってる人がいるって聞いた事あるの。」

「そうですか・・・」

「そう。ルミも本気で好きになってたから、それでここを辞めたがってた。でもマスターが辞めさせてくれないって言ってた。」

「マスターですか・・・」

「うん。あいつキングっていって悪いやつでさ、私達に客取らせて上前はねてる。」

「あの、それでルミが付き合ってた人ってわかりますか?」

「うん、一度顔見た事あるんだけど、この間そいつが家族連れで近くのファミレスにいたのを見たの。」

「家族連れ・・・」

「うん。そいつの奥さん私知ってるのよ。」

「え?」

「私もびっくりしたんだけど、私の中学の時の担任の先生だったの。」

「ルンさんの先生?」

「そうよ。先生は北高校なんだけど先生の旦那も教師で東高校の先生だって聞いた事あるわ。」

「その先生の名前わかりますか?」

「吉田先生よ。」

「東高校の吉田先生ですね。いろいろとありがとうございました。」

「ううん。ルミには幸せになってほしかった・・・でも奥さんのいる人と付き合ってたから、やめろって言ったんだけど。今までいい事なんかなくて、でも好きな人に会えてよかったって・・・。ルミ、にっこり笑ったの。私、もうそれ以上言えなかった。」

「そうですか・・・ルミはそれなりに幸せだったのかもしれませんね。」

「そうね。そうかもしれない。」

「ええ。」

ルンはルミの事を思い出したのだろう。
大きな瞳から涙をこぼしていた。


                  つづく