■聖者の現実化について(聖者カルキ・バガヴァンとの対話)
質問者:多くの人々が沢山の願いごとをし、それに対してあなたとアンマが慈愛をもって願いを叶えてくださります。あなたは、どのようしてそれを起こしているのでしょうか?
バガヴァン:私にとって、みなさんの願いを叶えることは、実際それほど難しいことではありません。例えば、あなたが車を欲しがっているとします。そのとき私がすることは、車を映像化する(見る)だけです。それがすべてです。
問題なのは、それを受け取るのに、あなたの状態がある条件を満たす必要がある、ということです。
第一の条件は、お手上げ状態(ヘルプレス状態)かどうか、ということです。残念ながら、ほとんどの人がお手上げ状態ではありません。心のどこかで「自分で何とかできるだろう」と感じているのです。みなさんが自分でできることに対して、私は介入しない、ということをしっかりと理解してください。
例えば、あなたが頭痛で苦しんでいるとします。自分で薬局に行って頭痛薬を買って治すことができる。そんなとき、私は手を出しません。自分の力でできるのに、どうして私が手助けする必要があるのでしょうか?
しかし、あなたを介護する人が誰もいないときには、私があなたを介護して治療します。私の恩寵は様々な形で訪れます。場合によっては、医者に診てもらうためのお金を与えることもあります。手術が成功するように、手術中に恩寵を注ぐこともあります。あるいは、何も治療せずに、ただ単に私があなたの病気を治すこともあります。恩寵は様々です。
助けが必要な事態もあるでしょう。しかし、みなさんは簡単にはギブアップしません。私に祈るかもしれませんが、ひそかに自分の計画を持っているのです。「お手上げ状態」というより、むしろ「やけくそ状態」なのです。心配し、もがいています。どうやって解決できるかを考え悩んでいます。
解決できるのか?自分で何をすべきか?バガヴァンが解決してくれるのか?もしそうならどうやって恩寵を与えてくれるのか?本当にバガヴァンが恩寵を注いでくれるのだろうか・・・・・?
とても沢山の考えがみなさんのマインドを曇らせます。あなたがしていることは、自分に語り続けることだけです。たとえ私の前に立っていたとしても、たとえ私のことを思い出していたとしても、みなさんは緊張状態にあるのです。ギブアップしていません。
ひとつの例を出しましょう。
チェンナイに私の賛同者がいました。彼は緊急に1万ルピーを必要としていたのですが、それだけのお金を工面するのに彼は八方塞がりの状態でした。彼はあらゆる努力をし、その努力が無駄に終わった末に、今や委ねる以外に何もできないところまで来ていました。
彼は訴えました。
「バガヴァン、あなたにお任せします。もし助けていただけるなら私を助けて下さい。あなたの助けがなければ私は終わりです。私はどんな覚悟もできています。もうあなたにすべてを委ねます」と。
一方、チェンナイのベサントナガールに、もうひとりの賛同者がいました。先ほどの男性とは面識がありません。
私は、彼の夢の中で語りかけました。お金で困っている男性のことを、名前と住所まで示して「お金を工面してあげてほしい」と伝えたのです。彼は小切手を切って、その住所に送りました。こうして私は先の男性を救うことができたのです。なぜなら、その男性は完全に私に委ねていたからです。
しかしながら、委ねていない状態では、私は助けることができません。覚えておいてください。「委ね」とは、あなたが私の召使いや奴隷になることではない、ということを。
「委ね」とは、あなたのマインドを脇に置くことを意味します。マインドは基本的にやっかいなものです。これは、心の内側でのプロセスです。
みなさんがお手上げ状態でギブアップできたときには、私にとって恩寵を注ぐことは難しいことではないのです。
もうひとつの条件は、あなたの望みがあなたのハート(心の奥深く)から来たものかどうか、ということです。
例えば、あなたが「自分が車に乗って楽しみたいから、格好いい車が欲しい」と願うなら、私はすぐにその願いを叶えます。しかし、もしその望みが、友人が持っているからとか、見せびらかしたいといった理由からだとしたら、私はそれを手助けしません。あなたは自分で働いて買ったほうが良いでしょう。
ですから、チェックしてみてください。あなたの心(ハート)が望んでいるものなのか、それとも、あなたのマインドが欲求しているもなのかを。
何十年も前の話です。医師を志す一人の少年が医学部の最終試験で面接を受けましが、不合格になってしまいました。
少年にとって、医者になることは子供時代からの強い願いでした。しかし、残念なことに、筆記試験ではとても良い成績を修めたにもかからわず、合格できませんでした。
少年と少年の父親は、失意のままに帰途につきました。帰りの列車の中で、向かい側に座っていた男性が意気消沈した少年に声をかけました。少年に代わり父親がその理由を答えると、男性は言いました。
「心配しなくても大丈夫。君は必ず医者になるから」と。
父親も少年も、男性はただなぐさめるためにそう言ったのだと思いました。
数日後、彼らは再び面接試験に呼ばれました。その面接官は、なんと列車の中で出会ったあの男性だったのです。そして、少年に入学の許可がおりました。
その少年は、後にチェンナイのスタンレー病院の外科部長になりました。とても有名な医師です。
このように、心(ハート)からの願いが、列車の中でこの男性と出会うような出来事を引き起こし、医師になる夢を叶えたのです。この医師は神に深く感謝し、その後の一生を人々のために捧げました。
このように、私は心(ハート)から願う人に恩寵を注ぎます。比較や妬み(ねたみ)、欲から何かを欲しても、恩寵は流れないのです。
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