今日もご覧くださりありがとうございます![]()
意識の目![]()
これは私が経験した体験を元に、自分とは大いなる意識である、と自分が認識した経緯を書きたいと思います
意識の目とは、その大いなる意識が外界を見ている様子の例えです
これを最初に経験したのは、東京にある浅草寺での定時法要に参加させていただいていた時のことです
浅草寺では、一日三回、定時法要があり、この日は午後二時の夕座に参加しました
本堂の横にお座敷があって、そこは50人位座れるスペースがあるのですが、そこに座ってお坊さんのお経に合わせてお参りさせていただきます
時間にしたら20分位だと思います
その時も手を合わせてお参りしていたのですが、太鼓を叩くメインのお経(観音経かな?)になった時、意識が深くなっていくのを感じた後に体から抜けたのを感じました
体を一切感じなく、体が無くなってしまったのです![]()
その時にまさに意識の目そのものを感じました
意識だけがあって、暗闇全体を見ている感じです
お経の音は聞こえます
しかし、体がない![]()
お経が終わった頃、体に戻らないとと思い戻るのですが、その時に体が微振動し出しました
まさに、自分の意識と体を繋ぐ架け橋のようなものが、もう一度つなぎ合わせるような感じで、、
その時は振動と呼吸が荒くなりました
そして、じわーっと体に戻って、意識が体とまた一体となっていったのです
こういう体験は体外離脱と言われるのかは定かではありません
その時にはじめて、自分の本質は意識そのものであるということを経験から感じました
これとは他に明晰夢を時々見ますが、その時見ている意識もそれと同じような感じです
とってもはっきりとした夢を見ている主体の意識
こういう経験は自分が意図して出来る訳ではないので、何か大きな存在が私に経験をさせてくれているのだろうと思います
思い出すようにと・・
さて、このような経験をしてから、自分の本質は意識そのものであって、それが自分という体と自我を持ってこの世界を経験しているのだろうと思うようになりました
だから、この意識の目は全体の目、一つの目で、誰しもの本質
人それぞれ、その本質からの意識を個人の目によって現実を見、現実を創っているのだろうと感じています
だから、その意識の目はだれのものでもなくみんなの目
が真実だろうと・・
この経験をしたのは浅草寺だったからかも知れませんが真実は分かりません
でも、パワースポットには間違いないですね![]()
今日も最後までお読みくださりありがとうございました![]()

浅草寺
上富良野で瞑想教室やってます
🌟ホームページ🌟
https://earth-body.jimdofree.com
